とうがらし通信より



いつもお世話になっている共同作業所で年2回発行している「とうがらし通信」に寄稿した文章です。
とりとめもなく書いた拙い文章でありますが、もし時間と興味と精神的余裕がありましたら、どうぞご笑覧ください。
コメントは不要です。(´・ω・`)

    * * *

「障害者は嘘つきなのか」

 今年9月、5年間お世話になった会社を退職しました。そもそもは鬱の悪化による休職だったのですが、診断書を添えて休職を願い出たところ、本人から休職を申し出たということで自己都合として扱われ、結果的に「自己都合による退職」を迫られる形となり、どうにか「病気理由による退職」を認めてもらうために辛抱を続けた1年間でした。8月になって「休職期間満了による自然退職の成立」という提示を頂いたので、これが妥協できるギリギリのラインだと感じ、提示を受け入れ自然退職が成立した次第です。まずは一区切りつき、ようやく養生に専念できる運びとなりました。
 この会社には、ハローワークの一般雇用で応募したのですが、前の会社をやはり鬱で退職していることから、隠すことは自分にとって利益にはならないと感じ、面接の時に正直に鬱病持ちであることを話しています。そして「病気であっても特別扱いしない」という条件で採用されることになりました。こちらも一般雇用で応募していますからその覚悟はありましたし、また、会社側での配慮やサポートが皆無だったとも思いません。
だからこそ5年近く無遅刻無欠勤で仕事を続けることができたのだと思います。なので、今さら恨み言を重ねるつもりはありませんし、5年間お世話になったことを素直に感謝したいと思います。
 今回のやりとりの中で、引っかかった言葉があります。
「障害者だったなんて知らなかった。騙された。」
 面接の時に病気のことを正直に話しているのですから、最初はどうしてこんなことを言われるのだろうと思っていたのですが、言われてみれば確かに自分で自分のことをはっきり障害者だとは言っていませんから、考えてみれば当然の反応とも言えます。そもそも当時は自分自身でも障害者であるという認識はありませんでしたから。
「障害者は嘘つきや。」
 むしろ、この言葉の方がショックでした。だって、こちらは嘘をついているつもりも騙しているつもりも一切なかったのですから。ただ懸命に働いて、少しでも期待に応えようとした結果、ストレスがオーバーフローして仕事が続けられなくなっただけなのですから。
 このことを、ある人に話しますと、このように言われました。
「それは仕方ない。『結果的に』嘘つきになってしまうのは、障害者にはよくある話。」
 本人は障害を克服するつもりで懸命に頑張っていても、障害がある以上、どうしても健常者のようにはいかない部分が出てきます。それが会社としては「最初聞いていたのと話が違うじゃないか」ということになるのです。こちら側に騙そうという意思が全然なくても結果的にそうなってしまうのだから、そう言われるのは仕方ないというのです。正直、愕然としました。障害者が働こうとする時は、嘘つき呼ばわりされることを覚悟しろと言うのですから。
 その後しばらくは、その言葉が引っかかって悶々としていたのですが、時間をかけて冷静になって考えてみましたら、その人は別に障害者のことを悪く言っている訳ではなくて、むしろ今の社会の在り方を痛烈に批判していただけなのだと気付きました。健常者はあくまでも健常者の物差しで判断するのだから、障害者もまた健常者の物差しで評価されてしまうのだということを。さらには障害者というだけで評価の対象にすらしていないという健常者までいるということを。なので、障害者は健常者の「ふり」をせねばなりません。健常者とて失業するご時世、無理して障害者を雇わなくても労働力は確保できます。そんな中を勝ち残ろうと思えば、障害者は障害を隠すしかない訳です。それでどうにか耐えられれば良いのですが、耐えきれずに告白すると今度は嘘つき呼ばわりされるのですから、これほど悲しいことはありません。
 では、ここで障害者の物差しを持ち出せば良いのでしょうか。答えはノーです。そもそも障害者をひとくくりで考えること自体が間違いなのですから。個々の人が持つ長所を見つけ出し、十分に活かすための仕組みに物差しは不要です。一人ひとりが違う個性を持って生きている人間なのですから、価値観や正義は一人ひとり違って当たり前なのです。「健常者」「障害者」という二極で考えるのではなく、お互いが個々の相手の立場を少しでも理解しようと努力し、少しずつ溝を埋めて行く作業を続けるしかないのだと思います。途方もなく地道な作業ですが、この積み重ねがなくして障害者をはじめとする社会的弱者、しいてはこの社会に未来はないと考えます。
 本人の能力と関係なく一律に利用料の1割負担を求める障害者自立支援法の在り方が問題となり、原則自己負担なしの障害者総合福祉法の制定が提言されています。障害者にとっては喜ばしい話なのですが、結果的に別の誰かが負担を強いられる訳ですから当然反対の動きもある訳で、制定には困難な道のりが予想されます。今こそ障害者が当事者として声をあげるのはもちろんのことですが、ただ障害者としての権利を要求するばかりでは、溝はますます深まるばかりだと思われます。まずは相手の立場を知ること。そしてお互いに理解しようと努力すること。そういう関係を数多く結べるようになれば、今の社会はきっと良い方向へ変わっていくのだと信じています。

テーマ : うつ病(鬱病)、メンタルヘルス
ジャンル : 心と身体

40th BD


→pixivで見る

かずやは、魚があまり得意ではありません。
小学校の給食で、子持ちししゃもを素揚げしたものが時々出されていたのですが、給食の献立の中でこれが一番苦手でした。
お恥ずかしい話ですが、小学1年の時、嫌いなものを給食袋に隠しているうちに捨て場所に困ってしまい、やがてそれを級友に見つけられてサラシ者にされた過去があり、おかげさまでそれ以後は全部残さず食べる癖がつきました。
でも、子持ちししゃもだけはどうしても食べられなくて、パンに埋め込んで食べてみたり、牛乳で丸呑みしたり、今思い出しただけでも身の毛がよだつ思いであります。

歳を食うにつれて、苦手だったものもだんだんと食べられるようになり、安物の仕出し弁当に入っているようなものなら、まあなんとか食べられるようにはなったのですが、それでも魚の卵だけはアウトです。
イクラもタラコも明太子さえもアウト。
あと、青い魚ですね。
サバの味噌煮ぐらいなら食べられますが、イワシやししゃもは今でもアウト。

そうそう、ハラワタとミソもアウトです。
イカは好物なのに、塩辛がどうにも食べられなくて。。。
宴会でカニ味噌が出たら、もれなく隣の人にプレゼントです。



なので、メザシを頭からバリバリ美味しそうに食べている人が羨ましいです。



ちりめんじゃこなら、頭からバリバリ食べられるんですけどね。



ちりめんじゃこ、おいしいですよね、ちりめんじゃこ。



   * * *



野菜や根菜類は全然平気なので、ちゃんと食べてます。



今の季節は、やっぱカボチャですよね。

とりたてて好きな訳じゃないけど、出されたらちゃんと食べますよ?



   * * *



そんなこんなで、40になっちゃいました。(*ノωノ)

テーマ : メンヘル人間の日常
ジャンル : 心と身体

クリスマスだからカレーライス


→pixivで見る

フランドール「わ…私も一緒にクリスマスしてもいいかしら?」

   * * *

どうにも、この国ではクリスマスというものが曲解されているように感じます。
派手にパーティーを開く日だとか、良い子にしてるとプレゼントを貰える日だとか、リア充…もとい、勝ち組のヒトビトがこの世の春を謳歌する日だとか。。。
いやね、「この世の春を謳歌するための日」だったら、マジで中止なり糾弾なり粉砕なりして頂いて結構です。
そこまで行くと、もはやクリスマスでもなんでもないのですから。

辞書で調べれば「イエス・キリストの誕生を祝う日」と書かれてありますが、それだけでは半分だけの正解。
イエス・キリストの誕生が何を意味するかが重要なのです。

ファリサイ派の律法学者は、イエスが罪人や徴税人と一緒に食事をされるのを見て、弟子たちに、「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」(マルコによる福音書2:16-17/新共同訳)

今まさに苦しんでいる人、悲しい思いをしている人、辛い思いをしている人、寂しい思いをしている人。
暗闇の中でもがき苦しんでいる人々に指し示された、一筋の光。
今日という日を生きるために泥まみれになりながらも懸命に生きている全ての人たちのために、希望という名の明かりが灯された日なのであります。

神さまは便利屋ではありません。
祈ったからと言って、自分の思い通りに世の中が変わる訳ではありません。
奇跡は滅多に起きないから奇跡と言うのです。

でも、可能性という名の種を芽吹かせることはできます。
希望という名の光を浴びながら、努力という名の土の上で懸命に伸び続け、やがて大きな花を咲かせることもありましょう。
その花を奇跡と呼ぶのです。

20111225_001a.jpg

今日は12月25日…そして日曜日。
クリスマスの当日に、クリスマス礼拝を持てるのは、まさに1/7の確率です。
喜ばしいことである反面、一番年末に近くなるので、例年になく忙しいクリスマスとなるのも事実であります。

うちの教会では、例年、クリスマス礼拝の後、皆でカレーライスを頂きます。
準備の時間の都合もあって、何人かで分担して自宅でカレーを作っておき、鍋ごと教会に持って来て、当日、大鍋にあけて一つのカレーに仕上げます。
材料や調理法は基本的に個々に任されているので、どんなカレーに仕上がるのかは当日に実際に大鍋にあけてみないと分かりません。(笑)

まあ、カレールーは複数のメーカーのものを混ぜ合わせると、より美味しくなると言いますし、いくら個々に任されているとは言っても皆さんオーソドックスなカレーを作って来られますから、過去に失敗した事例はありません。
はい、今年も美味しいカレーライスを頂きました。

一つの鍋から分け合って、のんびりとカレーライスを頂く。
全然クリスマスっぽくないんだけど、こういうクリスマスの方が素敵だなって思います。



   * * *



フランドール「わ…私も一緒にクリスマスしてもいいかしら?」



もちろんOKですよね。(・∀・)



クリスマスおめでとうございます!

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

ヘヴィ、クリスマス!



いつになく淡白なチラシですが、実はコレ、全部「Excel」で作ってます。
家庭にあるOffice搭載のごく一般的なパソコンで、特別なソフトやテンプレートを使わなくても、こういうものが自在かつ簡単に作れるという「見本」の意味もあって、必要以上に手をかけずサクっとこしらえた次第です。



決して、面倒がって手を抜いた訳ではありません。(`・ω・′)キリッ



最近、どうにもモチベーションが上がらないのも事実ではありますが。。。(´;ω;`)ブワッ

   * * *

20111221_003a.jpg

昨晩、21日(水)は、人ごみを避けるようにして、休憩所を兼ねた別室で、黙々とたこ焼きを焼いてました。
18日(日)の「こどものきょうかいのクリスマス」の時もそうだったのですが、こういう人の集まる会は非常に苦手なのに、スタッフの手が足りない状況も知っているので、見て見ぬふりもできず、無理して手伝った結果、精神的疲労が雪だるま式に増加中。

キリスト教徒にとって「クリスマスはクルシミマス」とは良く言ったものです...orz

これ以上無理を重ねても良くないので、24日(土)の教会行事は欠席しようかと思います。
25日(日)のクリスマス讃美礼拝は、さすがに出席したいので。。。

20111221_001a.jpg

クリスマス会の準備中、「まかない」に頂いたカレーライス。
内輪で集まり鍋の中身を分け合って、のんびりカレーライスを食べている時間の方が、本当の意味でのクリスマスに近いんじゃないかと思います。

   * * *

その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」(ルカによる福音書2:8-12/新共同訳)

テーマ : メンヘル人間の日常
ジャンル : 心と身体

とうがらし通信

20110413_1b.jpg
→pixivで見る

共同作業所が年2回発行している「とうがらし通信」の季節がやってまいりました。
今回も河原町正面にある「ひと・まち交流館 京都」の印刷機をお借りして、約1,000部印刷しました。
仕上がった印刷物は、手分けして近鉄電車に担ぎ込み、無事に共同作業所まで搬入することができました。

20111215_001a.jpg

サクサクと印刷が進む「とうがらし通信」。
一面見出しには、見覚えのあるイラストが。。。(*´Д`*)

20111215_002.jpg

前回お送りさせて頂いた方々には、今回も強制的に送付させて頂きます。(`・ω・′)キリッ

新たに送付を希望される親切な方がございましたら、メッセージ等で
宛先をこっそりお知らせください。
来週中には袋詰め&封緘を終え、低料第三種郵便で発送する予定です。(`・ω・′)ゞ スチャッ

20111121_1.jpg

仕事をしないことをモットーにしている共同作業所ゆえ、集中的な作業は非常に貴重。
そして、こういうシチュエーションになると、いつになく輝きを見せるオイラ。
今回もがっつり作業させて頂きます。 ○o..*ヾ(*′∀`*)ノ*..o

テーマ : メンヘル人間の日常
ジャンル : 心と身体

プロフィール

かずや(京ヤワ)

Author:かずや(京ヤワ)
河津屋京柔/かずや(京ヤワ)は、京都府下在住の東方好きなMacユーザーです。
昔は電車小僧。今は鉄道おじさん。多分この先も?
広汎性発達障害があることを知ったのは、40歳手前のことでした。
開き直るほどタフじゃないけど、生きるのが随分と楽になりました。
毎週日曜日にキリスト教会に通う程度には信心深いようです。
ちまちまとパソコンでお絵描きしたりしていますが、最近は寡作気味です。

FC2カウンター
カテゴリ
最新記事
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク