クリスマスと41thと30,000km

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本日をもちまして、41歳になりました。(`・ω・′)ゞ スチャッ

わ〜い、バカボンのパパと同い年だぁ♪ ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ



...orz



   * * *



23日(日)は、教会のクリスマスでした。
礼拝には、いつもより少し多めの人が集まりました。

いつものようにパイプオルガンの伴奏に合わせて、クリスマスの讃美歌を歌う。
そして牧師先生からのメッセージを聴く。
ただこれだけのことが、なんと幸せに感じることか。

神さまなんて最初から存在しないと言う人も居ますが、いちいち否定して回るつもりもありません。
目には見えないもののことで、いちいち言い争っても不毛なだけですから。
信じたい人だけが信じればいい。
その人自身がそれで幸福を感じるのであれば、それは決して誰からも否定されることのない尊いものなのでありますから。

キリスト教は一神教だから他の宗教とは相容れないものと考えている方も多いですが、僕はそうは思いません。
人類が生存することが可能な天体が存在することの奇跡。
この大自然から大きな恵みを与えられていることを、人は時々忘れてしまいます。
そして、荒ぶる自然を前にして、奢り高ぶった人間は気付かされるのです。
ああ、僕らはこの地球の上に「住まさせてもらっている」存在なのだと。

もしこの天体に「意志」があるとすれば、それはやはり神さまのような存在なのでしょう。
要は、それをどのようなイメージで捉えるかの違い。
神さまは唯一の存在なのか八百万の存在なのか、それはあくまでも「見えるもの」として考えるから生じる齟齬であります。
同じものを見ているのに、別の角度から見ているから、別のものに見えてるだけみたいな。

人は、結局は個々人が持つ価値観を物差しにして見聞きし、考え、言動する生き物なのでありましょう。
どちらの物差しが正しいかなんて、実は意味のないことなのです。
単位が違うのであれば、換算すればいいだけの話なのですから。
皆がお互いにそういう風に考えることができるようになれば、争いごとはうんと少なくなることでしょう。

この星に暮らす全ての生き物に、平安と恵みと祝福がありますことを。
アーメン。

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礼拝の後は、愛餐会でカレーライスを頂きました。
今回は3名の方が各々自宅で仕込んできたカレーを、最後に大鍋でひとつに合体させました。
どんな味にまとまるかは、その日になってみないと分からない。
まさに、華麗なる合体。


ヘ(_ヘ)☆\(--; バキ


カレーは、それぞれの味が複雑に絡み合いコクがあって非常に美味。
デザートにはロールケーキも出ました。
教会員イチ押しの、塩バタークリームのロールケーキです。
ごちそうさまでした♪♪

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   * * *

26日(水)、サロンからの帰り道にバイクの走行距離が30,000kmに到達しました。
日没後だったので、今回は記念写真はなしです。

年賀状の投函も無事完了しました。
あとは、大掃除だなぁ…。

サロンは30日(日)にもう一度開きます。
新年は1月2日(水)から開けるので、結局、年末年始は一度も休まないことになります。
(※サロンはいつも週二回、水曜と日曜に開けています。)
文字通り、年中無休(笑)

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おそらく、今回の日記が今年最後の日記になると思われます。
今年一年お付き合い頂きまして、本当にありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願い致します。

どうぞ良い年をお迎えください♪ ○o..*ヾ(*′∀`*)ノ*..o○

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クルシミマス→クリスマス


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フランドール・スカーレット
「ちょっと早いけど、クリスマスおめでとうございます!」


   * * *

教会では基本的に日曜日に礼拝を守るので、クリスマス礼拝も必然的に直近の日曜日となります。
なので今年のクリスマス礼拝は今度の日曜日、12月23日となります。

ちなみに、クリスマスとはイエス・キリストの降誕を祝う日であって、この日がイエスの誕生日という訳ではありません。
そもそも聖書の中にイエスが12月25日に生まれたという記述はどこにもありません。
従来からあった冬至のお祭りに、後世の教会がイエスの降誕を組み込んだという考え方が定説です。
なので、日本のクリスマスではカボチャを食べるのがジャスティス? (゜∀゜)☆\(--; バキ

キリスト教においては一年を通して最大のイベントですから、「クリスマスはクルシミマス」なんて自虐めいた言葉まで飛び交うものなのですが、最近はかなり状況が変わって来ました。
まずは教会員人口の減少と急速な高齢化。
高度成長期の頃は、キリスト教ブームも手伝って、増え続ける教会員に対応すべく続々と教会が建てられたものですが、今はどこ吹く風。
教会そのものが限界集落化していると言えましょうか。
それと、年々華美になっていく商業主義的クリスマスへのアンチテーゼ。
キリスト教会だからこそ、本来のクリスマスの意義に立ち戻り、日々さまざまな重荷を背負いながら生き続けている人々のために祈りを捧げる日として、クリスマスの在り方そのものを見直す動きが広まってきています。

なので、うちの教会でもここ10年ばかりの間に随分とイベントが整理され、身の丈にあった内容へと変化してきました。
教会学校でのページェント(降誕劇)はなくなり、クリスマスイヴのキャロリングもなくなりました。
青年会がなくなったことから、愛餐会で出し物を披露することもなくなりました。
食事も各家庭で仕込んだカレーを持ち寄って大鍋で合体させて頂きます。

確かに、かつてのような賑やかさはなくなりました。
その代わり、かつてのようにイベントに追い回されることもなくなりました。
静かに祈りの時を持ち、のんびりとカレーライスを頂く。
本当の意味で心が休まることができた時、人はさらに歩き出すことができるようになりましょう。

余裕は活力を生み出します。
身の丈に合った活動に立ち戻れば、今度は自ずと発展へと舵が切られるようです。
縮小で消えたキャロリングは、クリスマスの夕べとして復活しました。
子どもが居なくなったので、今度はおとなたちがハンドベルや鉄琴で奏でます。
もみの木が枯れてしまったのでクリスマスツリーは用意できませんでしたが、電気工事の腕がある別教会の信徒さんのご好意によって、教会前の植え込みを活用した電飾が充実してきました。
子どもたちのためのクリスマス会も、時間帯をずらすことで無理のない範囲で楽しんでいます。

もし、今の社会でクリスマスを迎えることの「喜び」が失われようとしているのであれば、それを新たに発信していくのが、今のキリスト教会が担わなければいけない役割なのではないでしょうか。


   * * *

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前回の日記で暗雲たちこめていた某所のクリスマス会ですが、どうにか無事に終了しました。
頑張って準備を進めてくださった方々にケチをつけるような外道な真似はできません。
参加される皆さまのモチベーションが下がらぬよう、一歩引いた場所から後方支援を続けながら、どうにかゴールまで走り抜けた一日でした。
具体的には、コーヒーを切らさぬよう見張りながら、ビンゴ大会の裏方兼司会役ということで。
事前に決まっていたことではなく、当日の流れを見て咄嗟に見つけた「居場所」です。

案の定、会の終了と同時にバタンキュー。
重い足を引きずるようにして帰宅しました。
この思いが伝わらない悲しみ。
でも、明るい兆しは見えています。
今回のクリスマス会のことをきっかけに2週間以上に渡って困窮を訴え続けた結果、リーダーさんに事態を理解してもらうことができたのです。
むしろ、今まで個々人がバラバラに動いていたのが、ようやく一つのチームとしてまとまってきたと言えましょうか。
前向きに話し合いができる機運が生まれたことは非常に喜ばしいことです。
僕にとっては、これが一番のクリスマスプレゼントと言えましょうか。

   * * *

フロントサスペンションのオイルシールが破れて油漏れを起こしていたマイマシーンですが、作業に時間がかかることと交換部品の手配の都合から、18日(火)にバイクショップに入場、今日20日(木)に出場してまいりました。
今回も諭吉さまがデュエットで去っていきました。
まぁ、これで命が買えるなら安いものです。(´;ω;`)

もともとパンクが不調の最大の要因でしたので、今回は応急修理後のような劇的変化はなし。
こころなしか、ハンドルのビビリが軽減されているような…気もする…感じです。
まぁ、オイルが漏れていただけでサスペンションが死んでいた訳ではありませんし、直接転倒に直結するような部分でもありません。
そもそも本当にサスペンションが死んでいたら、それこそまともにハンドルが握れるかどうか怪しいものです。
自転車程度の速度なら御しきれるかもしれませんが、まともな速度で走ってる時には…。(((( ;゚Д゚))))ガクガクブルブル

まぁ、やっかいごとは年内に片付けてしまうに限ります。
これで心置きなく年越しを迎えることができるというものです。

まだ、教会のクリスマス終わってないけど。
あと、年賀状の用意も終わってないけど。
あ、大掃除もまだ全然終わってないや。
師走って、本当に忙しいですね。( ;∀;) ウルル…

   * * *

今の日記のペースから考えるとクリスマス前最後の日記になりそう。
なので、まだちょっと早いですけど…。

クリスマスおめでとうございます!

どうぞ、よいクリスマスをお迎えください。○o..*ヾ(*′∀`*)ノ*..o○

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イベントの在り方について考えてみた


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レミリア・スカーレット
「由緒正しき悪魔の血筋である我らが、なぜクリスティ・ナタリスなど…。」


魔理沙「ラテン語だな。フランス語だとノエルだな。」
レミリア「なぜお前がここに居る?」
霊夢「あんただって、うちの神社の宴会によく混ざってるじゃない。」
レミリア「ちょっと待て。なぜ神道の巫女まで混ざってる?」
早苗「現代日本では、年末恒例のイベントみたいなものですから。」
レミリア「いいのか? お前も巫女じゃないのか?」
早苗「いいえ、現人神です♪」
魔理沙「どっちもどっちだな。」
霊夢「どうでもいいわ。」
レミリア「………。」



レミリア・スカーレット。
運命を操る程度の能力。
配牌やツモ牌を操ることも可能かも。
麻雀には絶対寄せてもらえないであろう運命の持ち主。ヘ(_ヘ)☆\(--; バキ

先日のフランドールを描いてる時に何度もレミリアになりかけたので、レイヤーマジックでレミリアも仕上げてみました。(゚Д゚)ノ


   * * *


とうがらし通信の発送準備が残っていたので、10日(月)にもう一度お手伝い。
今日13日(木)は、ハローワーク伏見で失業認定&求人閲覧。
師走と呼ばれるだけあって、僕みたいな人間でも忙しくなるようです。

ハローワークからの帰り道。
バイクで国道1号線を南下中、突然事件は起こりました。
木津川を渡り八幡市内に入った頃からハンドルが震え出し、ついには制御不能に。
安全な場所に止めて前輪を調べると、フロントサスペンションからオイルがボトボトと…。

ここのところ朝露や霜が降りている日が多かったので、てっきり水のこぼれだと思っていた路面の染みが、実はバイクから漏れているオイルだったという衝撃の事実。
いよいよ寿命なのかな…、と気分も重くバイク屋まで転がしていきました。

ところが、いざバイク屋に着いてみると「パンクやな」の一言。
単純にタイヤの空気が抜けていただけでした。
つまり、あれですね。
冷蔵庫が壊れたと大騒ぎしてたら、実はコンセントが緩んでいただけだった的な。(*ノωノ)

フロントサスペンションからのオイル漏れの方は、オイルシールが古くなって破れているだけとのこと。
新しいオイルシールを取り寄せないといけないので、修理は今度の火曜日あたりになりそうです。
とりあえずタイヤの空気を込め直して応急修理完了。
あまりにも間抜けな話に、逃げるようにして帰ってきました。(´;ω;`)

八幡市内まで無事に戻ってきていたことや、昼間だったことや、大事に至らなかったことや、どちらかと言えば幸運だったと言えましょうが、とにかく疲れました。
肉体的にも精神的にも...orz
あ、代金払ってないや。
今度、もう一度修理に行かないといけないので、その時に込みということで…。

あ、あと空気圧のチェックと充填ができる場所、探しておかなきゃ。(*ノωノ)


   * * *


ここからが本日のお題です。
年末を迎え、ただでさえ多忙気味な中、各所でイベントが勃発する季節となりました。
腐ってもクリスチャンなので、クリスマスは嫌いではありません。
むしろ大好きです。
なので、クリスマス撲滅運動に加わるつもりは微塵もありません。

でもクリスマス「会」となると、話は別です。
宗教的意味合いは皆無ですから、無理に参加する必要はありません。
そもそもイベント嫌いな僕にとっては、もはや憂鬱な時間でしかありません。

福祉施設で職員として働いていた経験もあり、現在は利用者でもあります。
職員の立場だった時には、イベントに溶け込めずに逃げてしまったり、無理に頑張ってしんどい思いをしている人の姿がどうしても気になりました。
違和感を覚えつつも施設の方針に逆らうつもりもなく、その場しのぎのフォローや無理強いを繰り返していたように思います。
職員会議で率直な思いを投げかけてみても、逆に「怠け者」のレッテルを貼られる始末。
そして、自分が利用者の立場になった時、改めて感じました。
ああ、もともと自分自身がイベントを楽しめない人間だったんだなって。

まあ、イベントを盛り上げようと準備を進めている人にとっては、僕は間違いなく鬱陶しい存在です。
だから、そのことで企画者を責めようとか、イベントの存在意義を問うとか、そういうことは一切考えていないです。
今は幸い、参加しない自由もある身分なのですから。
邪魔にならぬよう、身を引くなり、何かしら理由を作って姿を消すなり、それなりの配慮ができるぐらいには気をつかっているつもりです。

こうして一歩下がってみると、ふと素朴な疑問に至るのですね。
果たして、みんなは本当にイベントをやりたがっているのかなって。
予め決まっていたことだから、もしくは形の見える活動実績を残したいから、そういう「おとなの事情」で自分たちを追い込んでいるだけなのじゃないかなって。

非日常の行事は、単調な毎日に適度な刺激となります。
これを目標にして、日々の生活を頑張れる人も居ることでしょう。
だから、それらを全て否定するつもりは一切ありません。
皆の楽しみを自分の勝手で奪うような真似はしたくないですから。

でも、自分の身の置き所がつかめないことに非常に不安を感じる身にとって、非日常の行事は恐怖の対象でしかありません。
そして、この苦痛を周囲の人に理解してもらえないことで、二重に苦しむことになります。
イベントが利用者のために催されるとするものならば、その利用者の中に僕は含まれているのでしょうか。

精神障害は形あるものとして見えない障害だけに、支援も難しいし、結果が形として見えることも少ないので、どうしても「見える形」での支援に流れそうになります。
対外的に成果をアピールする上でも、可視化できる方が都合が良いですし。
でも、もし障害を持つ人を対象としている施設が、その障害の存在を無視するような支援を続けるならば、それは果たして利用者本位の施設と呼べるのでしょうか。

障害を持たない人にとっては、我がままとしか見えないこともありましょう。
でも、それは体験したことがある身でなければ理解できないもの。
だから、僕たちは声を出して訴え続けるしかありません。
健常者と障害者を明確に分けようとする社会が存在し続けるのであれば、その溝は対話でしか埋めることができないのですから。

誰も我がままは望んでいません。
苦痛であることを知ってほしい。
可能ならば、その苦痛を和らげてほしい。
ただそれだけです。

もちろん、お互いがお互いの幸福を最大限に尊重し合うというのが大前提。
誰かを犠牲にして成り立つような幸福はあってはならないし、決して長続きはしないでしょう。
この世に「無償の愛情」は存在しません。
お互いが幸福になれるからこそ、人は愛情を注ぐことができるのではないでしょうか。


   * * *


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フランドール・スカーレット
「お姉さま…。これは一体…。」


魔理沙「よっ! 邪魔してるぜ☆」
レミリア「だから誰も招待…」
早苗「常識に囚われてはいけないのですね!」
レミリア「ちょっとは自制というものをね…」
霊夢「…あんたが言うか。」



パチュリー「うふふ。貴女の能力を使えば『クリスマスパーティーを開かない運命』に変えることだってできたのにねぇ。」
レミリア「ふん。私だってそこまで無粋な真似はしないわ。」

テーマ : 広汎性発達障害
ジャンル : 心と身体

とうがらし通信



昨日6日(木)は、ひと・まち交流館の設備をお借りしての「とうがらし通信」の印刷作業を手伝ってまいりました。
作業と言っても、ほとんどのことを機械がやってくれますから、文明の利器とは恐ろしいものです。
そして気がつけば、機械が人間に命令を出して、人間は機械の動きに従って働くのですから、いよいよ末恐ろしいものを感じます。
まあ、今更ガリ版刷りする技量も根気もありませんが。(;´∀`)
木版? やめてよぉ~。(´;ω;`)ブワッ

機械の進化のおかげで、作業に携わる人数も時間もうんと減りましたが、その分ストレスはずっしりと重くなっているように思います。
危険な作業から人間が解放されることは好ましいですが、過度な機械化は考えものです。
合理化で余裕を切り詰めれば、結果的にしわ寄せが向かうのは弱い部分です。
自由の名のもとに立場の弱い者から時間と健康を奪い、使い捨てを繰り返す社会が、果たして健全な社会と言えるでしょうか。
不自由、大いに結構!
日々の生活さえ継続的に保証されるならば、お金なんてちょっとで良いのです。
いくらお金をためこんだところで、あの世までは持って行けないですからね。
まあ、世の中には、棺にいれるための紙幣も存在するようですが…。(;´∀`)

印刷と紙折機通しが終わった後は、荷物を持ってセンターに戻り、続きは全て手作業です。
僕は金曜日に用事が入っていることもあって、2日分仕事すべく、第2形態にメタモルフォーゼ。
闇の力が覚醒することにより、作業性が大幅に向上しますが、口も相応に荒くなります。
闇の炎に抱かれて消え(ry ヘ(_ヘ)☆\(--; バキ

さてさて、宇治市小倉町にある精神障害者を対象とした地域活動支援センター「ほっとハウス」が年2回発行している「とうがらし通信」が今回も出来上がりました。
前回送付させて頂いた方には、今回も発送させていただく予定です。
新たに送付を希望される方がありましたら、メッセ等でこっそりご連絡ください。(´・ノω・`)

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前日にダークフレイムマスター…もとい、仕事を済ませておく必要のあった今日7日(金)のミッション。
いつものごとく、京大病院の精神科にて定期診察です。
先週から風邪気味で、今日は一段と冷え込みが厳しかったので、路線バス&電車で病院に行こうかとも思いましたが、最近マナーがよろしくないお客サマにストレスMAX気味なので、思い切って片道20kmの道程をマイマシーン(125ccバイク)で往復することにしました。
案の定、風の冷たさは半端じゃなかったですが、幸い、日差しには恵まれたので、凍えるような目に遭うこともなく、無事に通院ミッションを完遂致しました。(`・ω・′)ゞ スチャッ

次の通院日は年越しの後。
もう、そんな時期なのですね…。(*´ω`*)

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年越しと言えば年賀状。
今年は華仙さまに登場願いました。
来年の年賀状も絶賛準備中。
誰が登場するかはお正月になってのお楽しみ。
まぁ、既にお察しの方は少なくないと思われますが。(笑)

前回年賀状を頂いた方へは、今回も拒否権なしで強制送付させて頂きます。
もし、新たに受け取りを希望される奇特な方がおられましたら、メッセ等でこっそりとお知らせください。(゚Д゚)ノ
(※年賀状交換をして頂ける方のみに限らせて頂きます。)

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ジャンル : 心と身体

天使と悪魔

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フランドール・スカーレット
「私も一緒にクリスマスをしてみたい。でもお姉さまは決してお許しにならないわ。」


教会歴では、今日からアドヴェント(待降節)に入りました。
クリスマス前の4週間、キリスト教会が一番忙しくなる時期でもあります。

悪魔の妹。
ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。
準備のお手伝いをすれば、パーティー会場を破壊する程度の能力(ry ヘ(_ヘ)☆\(--; バキ

あるいは、天使のような悪魔。
せっかく手元に聖書があることですし、天使の姿に関する記述を探してみました。

わたしは、高く天にある御座に主が座しておられるのを見た。衣の裾は神殿いっぱいに広がっていた。上の方にはセラフィムがいて、それぞれ六つの翼を持ち、二つをもって顔を覆い、二つをもって足を覆い、二つをもって飛び交っていた。(イザヤ書 第6章1~2節/新共同訳)

わたしはまた、もう一人の力強い天使が、雲を身にまとい、天から降って来るのを見た。頭には虹をいただき、顔は太陽のようで、足は火の柱のようであり、手には開いた小さな巻物を持っていた。そして、右足で海を、左足で地を踏まえて、獅子がほえるような大声で叫んだ。(ヨハネの黙示録 第10章1~3節/新共同訳)


はい、なんだかもうファイナルファンタジーのラストダンジョンとかで待ち構えていそうな雰囲気ですね。
そもそも、日本で世間一般に抱かれている天使のイメージは、聖書に登場する天使というよりは、ローマ神話に登場する愛の神、クピードー(キューピッド)のイメージが多分に強いです。
「聖☆おにいさん」の第44話でも、ネタにされていたことですし(笑)

どちらかというと、軍人に近いです。
聖書の記述に登場するのは、もはや将校クラス。
文中には無数の兵が組織されていることも垣間見えます。
ユダヤ教の中からキリスト教が生まれ、キリスト教の中からイスラム教が生まれたように、悪魔もまた天使の中から生まれたと申せましょうか。

これだけ書くと物凄い違和感がありそうですが、日本古来の八百万の神の信仰に当てはめてみれば、まったく不思議な話ではありません。
土着神信仰は常に祟りとセットです。
奉じればご利益があり、疎かにすれば祟りがあります。
「畏れ」と「恐れ」が同じ読みであることも興味深いです。

祈りと呪いは一枚のコインの裏表。
ちなみに有名どころとしては菅原道真や平将門など。
北野天満宮と言えば学問の神として有名ですが、もともとは無念の死を遂げた菅原道真の怒りを鎮めるために建立されたというのもまた有名な話です。

純粋さと残酷さもまた、一枚のコインの裏表と申します。
天使のような悪魔と言うべきなのか。
悪魔のような天使と言うべきなのか。
実は、その区別にはあまり意味がないのかもしれません。



フランちゃん、マジ天使!
○o..*ヾ(*′∀`*)ノ*..o○




ヘ(_ヘ)☆\(--; バキ

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プロフィール

かずや(京ヤワ)

Author:かずや(京ヤワ)
河津屋京柔/かずや(京ヤワ)は、京都府下在住の東方好きなMacユーザーです。
昔は電車小僧。今は鉄道おじさん。多分この先も?
発達障害の一つ、ASD(自閉症スペクトラム)であることを知ったのは、40歳手前のことでした。
開き直るほどタフじゃないけど、生きるのが随分と楽になりました。
毎週日曜日にキリスト教会に通う程度には信心深いようです。
ちまちまとパソコンでお絵描きしたりしていますが、最近は寡作気味です。

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