シフトチェンジ

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なかなかにヘヴィーな一週間だったように思います。
昨日26日(日)は、教会で子どもたちを連れて京都市動物園に行ってまいりました。
日頃から鉄ネタを繰り広げていると、こういう時にしっぺ返し…もとい、重宝がられます。
割引切符の組み合わせで経費を節減していく作業は実に面白いです。
人見知りが激しいことを教会の方で理解してもらっているので、直接引率を任されるようなこともなく非常に助かっています。
一昔前なら昔とった杵柄とばかりに大張り切りしていたものですが、今じゃ全然無理。
子どもの方から「これ食べる?」とお菓子を渡されても、狼狽えてしまうほどのヘタれっぷりです。
子どもは替われど、結局のところ根っこは変わっていないと思うのです。
やんちゃな子は相変わらずやんちゃだし、甘えたの子は機会を伺って甘えてくる訳ですし。
変わってしまったのは僕自身。
一言で言えば、人見知りが以前にも増してひどくなっているということでしょうか。

24日(金)に、ほっとハウスのスタッフの方に同行してもらう形で、八幡市役所へ行ってまいりました。
ほっとハウスには既に10年前からお世話になっているのですが、公的に利用していた訳ではありません。
言ってしまうなら、ご厚意に甘えて私的にお世話になっていたというところでしょうか。
サロンの方で登録する可能性もあったので申請を保留していたのですが、サロンが京都市との契約に特化したことと、先日のゴタゴタで就労支援の話が流れてしまったこともあって、申請を保留しておく理由がなくなりました。
そこで、公的利用に切り替えられないかと、改めてほっとハウスに話を持ちかけてみました。
ほっとハウスの方でも、八幡市在住で正式登録していたメンバーさんに欠員が出たところだったので、丁度良かったようです。
話はサクサクと進み、正式登録を申請することに相成りました。
市役所で必要な手続きを済ませ、今は役所側での判定待ちの段階です。
僕自身これと言ってメリットはないのですが10年近くお世話になってきた場所だけに、ほっとハウスに対する公的支援が少しでも充実するのであれば市役所で面談を受けることぐらいお安い御用というものです。

      * * *

捨てる神あれば、拾う神あり。
そもそもクリスチャンなので、常に主の加護が与えられていると言うべきなのか。
話は絶妙な化学反応を経て、予想外の方向に進んでいくことになります。
一度は諦めの境地にまで至った就職活動が、ここに来て明るい兆しです。
ここ一週間の間で「人見知り」というキーワードが何度も登場しました。
今までバラバラに進んでいた話が、ひとつの方向に合わさっていることに気付いたと申しましょうか。

昨年の夏、とある大型店舗の就職話をお断りして以来、具体的な就労支援は停止状態でした。
昨年の時点では、規模の大きさや規則の多さからプレッシャーを感じて自滅してしまったと結論づけていました。
なので、傷が癒えるまでは積極的にアプローチするのは控えるというのが、支援施設側の見解です。
このこと自体に間違いはないと思うのですが、今となっては重要な視点が抜け落ちていたように思います。
人見知りの問題です。

支援施設としては、困窮は伴うものの一定の就労能力はあるので、主に就職後の支援がメインになるという見立てで活動を進めていました。
就職先を探すための苦しみを「誰もが通過すること」として、本人の努力で克服せねばならないと説いていました。
僕もその通りだと思っていたのですが、ここに来てそうではないことが見えてきました。
人見知りで困窮するのは、先の教会の話だけではありません。
ここ数年の間に、色々な施設を訪ねてみましたが、結果的に定着できませんでした。
既に関係ができあがっている輪の中に入っていくことが、とても難しいのです。
そして、それは年々深刻になっています。
これは努力でどうにかなる問題ではありません。
若い頃は勢いにまかせてどうにか切り抜けていましたが、それでは続かなくなってきています。
そして過去の失敗体験は負の遺産として積み重なり、ますますブレーキがかかることになります。
克服どころか、今後ますますハードルが上がっていくであろうことは容易に想像できます。
就労支援施設がその点を「本人の努力次第」というスタンスであるために、効果的な支援が受けられずにいるのではないかという思いが現れてきた次第です。

これは支援側の問題ではないと考えます。
既に千の単位で利用者を抱えていることを考えれば、これまでにも十分支援してもらったと思います。
そのことに負い目があると申しますか、僕自身どうしても頑張ってしまう人なので、本当に支援を必要としている部分を共有できずにいたのではないかと。
ここ一ヵ月のゴタゴタの間で、そういうことが見えてきたというのは、僕にとっては大収穫です。
八方塞がりと思いきや、次の手が見えてきた訳ですから。

来月を目処に、ほっとハウスのスタッフの方に同行してもらって、改めて就労支援施設に支援をお願いする方向で話を進めています。
おそらく僕自身がこれまでの経緯を自分ひとりで説明すれば良いとも思うのですが、どうしても本音を抑えて相手の意見に迎合してしまう傾向があるので、それではいけないと思い、同行をお願いした次第です。
迎合するだけでは建設的な話し合いにはならないと理屈ではわかっていても、この口はすぐにリップサービスに走ってしまうのです。
少しでも相手に受け入れてもらおうと努力するあまり、結果的に悪い方向に向かってしまう実に困った素質です。
なまじ「克服」という言葉と合致するだけに、余計に歯車を噛み合わせなくしているのですから皮肉なものです。

歯車の噛み合わせを変えるだけで解決できる問題でもありませんが、だからと言って無理な噛み合わせのままでは機械の調子は悪くなる一方です。
機械をそっくり入れ替えることができない以上、問題点をひとつずつ解消していく他ありません。
抜本的な解決にはならなくとも能力や使い勝手が少しでも良くなるのであれば、それは決して無駄な努力ではありません。
低速域での性能を重視せねばならないという制約の中で、どうしても高速域での運用にトラブルが頻発した国鉄103系電車だって、現場での地道な手直しを繰り返して大都市圏の通勤輸送を支えきり、今でもJR西日本とJR九州で最後の奉公を続けております。
自らの能力に100%合致した仕事をしている人なんて、そうそう居ません。
大なり小なり合わないものなのですから、妥協ができる範囲まで近づけることができれば十分すぎるぐらいに御の字なんじゃないかと思います。

テーマ : 広汎性発達障害
ジャンル : 心と身体

梅に感謝


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チルノ「お口の恋人、梅おにぎり~♪」

おにぎりの定番具材ですね。
具材を包むその白い物質が氷でなければ。

しかも粒ですらないし!
玉だし!!
むしろ砲丸の域だし!!! ヒィィィィィ(((( ;゚Д゚))))ィィィィィ!!

チルノ「氷結ぱわぁー! 梅みっくすぅ! あたぁぁぁく!」

ヒュン…、スコン!

氷の妖精…。
なんて恐ろしい子…。
ごふぅ…。

     * * *

残っていた甜茶パックもすべて飲みきりましたので、今年の甜茶推進月間は終了とさせて頂きました。
今年のスギ花粉とPM2.5の混成部隊の威力は強力でした。
じわじわとHPを削った上で、ヒノキ花粉で時間差攻撃。
なんですか、この巧みな連係プレーは!? (((( ;゚Д゚))))ガクガクブルブル
我々人類は「大いなる意志」によって、いよいよ本気で潰しにかかられている模様です。(`・ω・′)

もともとヒノキの方がキツい人なので、耳鼻科のお世話にならずにヒノキ花粉を乗り切れただけでも良しとしましょう。
アレルギー症状を完全に抑え込むことはできませんが、それでも随分と楽にやり過ごすことができました。
来年もまた甜茶とマスクのお世話になる予定。
目標は、これ以上服薬を増やさないことであります。(`・ω・′)ゞ スチャッ

     * * *

春の花は梅→桃→桜の順に咲くと申しますが、今年はしぶとい寒さのせいで梅の開花が遅れたこともあって、花を愛でる間もなく春が通過しちゃったって感じです。
コース料理で言えば、オードブルに手を伸ばそうとしたら、いきなりデザートが出て来た感じ。
あれ? メインの料理はどこに行ったの? (´;ω;`)ブワッ

桜は散りし、梅の季節。
はて? もう次の梅?
梅と言っても花じゃありません。実の方です。
枝に実る青い梅たちが、健やかに成熟中です。

梅と言えば梅干し。
ご飯が腐るのを防ぐ働きがあるので、夏場のお弁当に実に重宝します。
しかも、あの塩味と酸味が相まってご飯が進むのですから、まさに夏バテ防止の秘密兵器。
焼酎のお湯割りにポトンと落としておくと、二日酔いの防止にもなります。

そして調味料としての梅肉。
焼き鳥屋で「ささ身の梅じそ巻き」を発見した日には、必ずオーダーします。
脂っこい焼き鳥が続いた後に、口の中に広がる清涼感!
いくらでも食べられるぞぉぉぉ!!
最近、近所のスーパーで「鶏の梅じそフライ」という素敵な総菜が売られており、食欲が下がり気味の時には、本当にお世話になっています。(*ノωノ)

ああ、なんという高機能な素材!
大地の恵みよ、先人の知恵よ、ありがとう!! ○o..*ヾ(*′∀`*)ノ*..o○

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

人生ローグライク



黒谷ヤマメ「食~べちゃ~うぞ~♪」

蜘蛛って肉食なんですよね。
ヤマメさんって、アリとかキリギリスとかも好物なのかなぁ…。

「アリとキリギリス」と言えば、有名なイソップ寓話のひとつです。
夏の間ずっと遊んでいたキリギリスは冬になって餓え死に、せっせと働いていたアリは貯めておいた食糧のおかげで無事に冬を越すことができたというお話です。

怠け者を戒め働き者を褒める話として解釈されることが多いですが、それとは別の解釈もあります。
忙しさのあまり余裕を失い、他者を平気で切り捨てるようになったアリの姿とか。
そもそも自然界では冬まで生き延びること自体が難しいのですから、限りある人生を十分に楽しむキリギリスのような生き方だって十分にカッコイイです。

ちなみに、キリギリスは当初はセミだったそうです。
ヨーロッパに伝わった後、当地ではあまり馴染みのないセミがキリギリスに置き換えられ、それが日本に伝わったのだそうです。
アリがキリギリスに食糧を分け与えてキリギリスが改心するハッピーエンド・ヴァージョンは近年になって登場したものです。
「フランダースの犬」にも、ハッピーエンド・ヴァージョンが登場するご時世です。
「マッチ売りの少女」の、大団円ヴァージョンが登場する日も近い!?

     * * *

ローグライクゲームというのをご存知でしょうか。
コンピューターRPGゲームの一つなのですが、他のRPGと決定的に違う点があります。
出現する迷路も敵もアイテムも基本的にランダムで、与えられる限られたアイテムのみでやり繰りせねばなりません。
冒険の途中で闘いに破れたり断念したりした場合は、レベル、装備、持ち物の全てを剥奪の上、ダンジョンの入り口まで戻されるというものです。
コンピューターゲームの中では古典的な部類なのですが、今でも根強い人気があります。
有名なところでは「トルネコの冒険」や「風来のシレン」など。
ちなみに僕が最近ハマっているのは「みらくる超パーティー」です(笑)

レベルが1に戻ってしまうので「レベルを上げて物理で殴る」という訳にもまいりません。
集めたアイテムも鍛え上げた武器や防具も、すべては水の泡です。
セーブデータも強制的に上書きされるので、途中まで戻ってやり直すこともできません。
出現する迷路も敵もアイテムも基本的にランダムなので、再現することも不可能です。
何が与えられるかも分からず、やり直しも利かず、一度失敗すれば文字通り一からやり直さなくてはならないという、恐ろしいゲームなのです。

文字通り丸裸にされて放り出されてしまう訳ですが、たった一つだけ奪われないものがあります。
それは、プレイヤー自身の経験です。
確かに、コンピューターの中身は白紙の状態に戻されてしまいます。
でも、そこまで積み重ねた自分自身の経験は、自ら忘れることはあっても、他者から奪い取られることはありません。
失敗を重ねて、人は成長すると言います。
一度失ったものは二度と取り戻すことはできません。
しかし体力さえあれば、もう一度やり直すことはできます。
過去の失敗は、いずれ困難を切り抜けるための道標となりましょう。
まさに人生というものを体現したゲームなのではないでしょうか。

     * * *

知らぬ間にストレスを溜め込んでしまう習性でもあるのでしょうか。
就職活動については、再び白紙に戻りました。
人生、何度目の白紙でしょうか。
その中で、徐々に変わってきたものがあります。
それは就労に対する意識です。

今までは、とにかく就労しなきゃいけないと自分を追いつめていました。
障害厚生年金の受給が決まっても、やはり同じでした。
とにかく「人並みの暮らし」に固執していました。
ところが歳を重ねるにつれて「人並みの暮らし」の定義が変わってきたように思います。
むしろ、今まで「人並みの暮らし」だと思っていたものは、実は「今と変わらない暮らし」だったのではないのかと。

変化に対する恐怖が健常者よりも強いのが、発達障害の特徴の一つとされています。
極端な話で言えば、いつも決まった列車の決まった車両の決まった椅子に座っていたのが、ダイヤや編成の組み替え等で変わってしまうと、途端にパニックになってしまうみたいな感じです。
変われば変わったなりに自分の居場所を見つければ良いのですが、そこまで気持ちを切り替えるのに随分と労力と時間がかかる人なのです。
頭の中にスイッチがあって、それがどうにも動いてくれない感じです。
だから、一度誰かに好意を寄せるとどこまでも信用しますし、逆に敵意を抱くとどこまでも避けようとします。
同じ相手でもTPOによって接し方を変えるなんて高度な技は、アクションゲームでコマンド技を繰り出すような世界です。
なにせ、レベルを上げて物理で殴る方が性に合っている人なので(苦笑)

この世に変わらぬものなどありません。
今は健在の親も、いつかは死別します。
人だって、家だって、社会だって、永遠なんてものは存在しません。
今は文字通り湯水のごとく使っている「飲用できる水道」や「停電することのない電気」だって、貴重品となる時代が来てもおかしくはありません。
そもそも輸入に頼っている我が国が、食糧をふんだんに得ていること自体が奇跡と言えましょう。
時の流れによって刻々と変化していく中にあって「今と変わらない暮らし」なんてものは存在しないし、その時々に応じた暮らし方に変えていける人の方が、実は幸せな生き方を歩んでいる人なのかもしれません。

冬の訪れに備えて食糧を蓄えてはみたものの、その冬がいつ終わるかは実は誰も知りません。
冬が終わる前に食糧が尽きて餓えることもあれば、食糧を蓄えるだけで人生を終えてしまうこともありましょう。
アリとキリギリスを比較しても始まりません。
大切なのは、あるかどうか分からない未来よりも、確実に訪れるであろう明日に備えることなのではないかと。
そう考えた時、本当に持っておかねばならないアイテムは、意外と少ないものです。

就労しないといけないという自縛を解いた時こそ、本当の意味での仕事探しが始まったと言えましょうか。
ガムシャラに働くばかりでは決して長続きしないことは何度も経験しています。
かと言って、福祉的就労の名のもとに小遣い程度の額を稼ぐために一日を費やすのも御免です。

貯金が尽きてしまえば生活保護だってあります。
生活保護受給者に対するパッシングが花盛りですが、僕に言わせてみれば「弱い者いじめ」以外の何物でもありません。
「いじめ」を止めようと言ってる立場のヒトビトが、率先して「いじめ」の方法を教えている訳ですから、もはや乾いた笑いしか出て来ないというものです。
もし本気で生活保護費を減らす気があるのなら、まずは就労の受け皿を作るのが道理というものです。
でも現実には不安定な雇用形態の拡大と連動して、貧富の格差は本人の努力ではどうしようもないレベルにまで達しています。
インフレ誘導で資本家のマネーゲームを活発にさせるぐらいなら、まずは安定した雇用環境と市場経済を整えた方が国としても安定するはずなのに、なぜかそういう話にはなりません。
彼らは、どうしても虐めたい相手が欲しいようです。

お金がかかりすぎる今の選挙制度では、当選議員はどうしても富裕層に偏ります。
庶民の感覚が選挙に反映されることはなく、棄権する人が増えるのも道理というものです。
そして適当なスケープゴートを与えておけば、自分たちに矛先が向かないと思われているのですから、僕らも随分と舐められたものです。
こんな世の中ですから、エラい人の言うことを鵜呑みにして正直に生きてみても馬鹿を見るだけです。
そもそも僕自身が馬鹿正直すぎる人ですから、これぐらいで丁度いいのかもしれません。

幸せの形はひとそれぞれ。
美しいと思う形もひとそれぞれ。
美しい町並みは、生活の匂いと反比例すると申します。
エアコン完備の部屋で一日正座して暮らすぐらいなら、ボロ布団にくるまってゴロゴロしている方が良いです。
僕らには、個々が望む形で幸せを追求する権利があるのですから!

ここ数ヶ月、少々色々なものを背負い込みすぎたようなので、一旦荷物を下ろして一休みさせて頂きます。
疲れが取れれば、また歩き出す元気も湧いてきましょう。
仕事をしないと決めた訳じゃありません。
むしろ、落ち着いて働ける場所を見つけるために長期戦に転じたというべきか。

種まきは続けております。
花が咲くかどうかは分からないけど、少なくとも種のない場所に花は咲きません。
どんな花が咲くのか楽しみに、残りの人生をのんびりと歩んでまいります。

     * * *

今日は、いつものように京大病院で診察を受けてまいりました。
近くにある京都市美術館でゴッホ展をやっていたので、帰りに寄ろうかと思いましたが、診察で疲れたのと雨が降り出してきたのとで、病院だけで帰ってきました。
家に帰ってお昼寝したら、随分と楽になりました。
やっぱり疲れていたようです。(*ノωノ)

テーマ : 広汎性発達障害
ジャンル : 心と身体

真実は一つとは限らない


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霧雨魔理沙
「盗んだんじゃないぜ? 借りただけだ。」


パチュリー「黙って持っていって返さないのは、借りるとは言わないわよ。」
魔理沙「誰が返さないと言った。どうせお前たちの方が長生きするんだから、私の死後取り戻せば良いじゃないか。」
パチュリー「…ふん。お前は間違っている。私は期間がどうであれ、お前に本を貸すつもりなど微塵もない。」

東方三月精の中にも登場する有名なやり取り。
価値観の相違って、難しいですね。(o・ω・)(・ω・o) ネー

パチェ×マリ?
二次創作ではよくあるお話ですが、事実ではありません。
もしくは、我ら愛に餓える悲しき闘志たちが産み出した幻想。(´;ω;`)ブワッ


     * * *


「真実はいつもひとつ!」と言えば某国民的漫画の名台詞ですが、
「事実は一つしかないが、真実は人の数だけある。」というのもまた有名な言葉です。
ただ今、憲法の改変をめぐる動きが活発になっております。
「アメリカに押し付けられた憲法ではなく、自らの手で作り上げた憲法が必要。」
というのが改憲派でよくある主張です。
その一方で「草案を作ったのは日本人」という護憲派の声も見え隠れしますが、どうにも掻き消されがちです。
そもそも、なんでこんなことになってしまったのでしょう。
それには、当時の状況を振り返る必要がありましょう。
そこで、敗戦直後の鉄道にまつわるお話をひとつ。

事件は1947年2月25日に起こりました。
八高線東飯能~高麗川を走行中の普通列車が脱線しました。
十分に速度を落とさないままカーブを通過したため、後部の車両が築堤から転落し大破。
犠牲となった人の数は184名。
今でも日本の鉄道史上最悪の事故とされています。

事故の直接の要因は、徴兵による経験者不足。
超満員の買い出し客で重くなっていた列車を制御しきるには、職員の経験があまりにも浅すぎたようです。
戦後混乱期で、整備が十分でなかったことも影響していましょう。
でもこれほどまでの惨事になったのは、転落した客車がいずれも老朽化した木造車だったことです。
もし鋼製車で組成された列車であれば、文字通り「粉砕」という事態だけは避けられたはずです。

事故が起これば大きな被害を出してしまう木造車。
酷使と老朽化による状態不良も深刻で、窓や椅子の破損など序の口、床や壁に穴が開く車両まで出る有様。
いつ事故が起きてもおかしくない状態でした。
運輸省(1949年の公社化までは国が鉄道を直営。現在のJR。)とて、漫然と事態を放置していた訳ではありません。
優等列車こそオール鋼製車編成に置き換えていましたが、普通列車にまでは手が回らぬ状況。
当時残っていた木造車の数は5,510両。
資材と資金をかき集めてスハ42形などの客車を細々と新製していましたが、到底は焼け石に水。
しかもGHQ(連合軍総司令部)は異常なインフレ状態を抑え込むために1949年よりドッジ・ラインを実施。
公共投資が著しく制限され、CTS(民間運輸局)から進駐軍・外国人用以外の客車を新製することを事実上禁止されたため、いよいよバンザイするしかないという状況にまで追い込まれてしまいました。

運輸省は考えました。
資材や資金こそは足りませんでしたが、敗戦で経験者が続々と復員してきたので、人手と技術は十分に確保されています。
むしろ雇用対策として、安定して働ける職場が必要でした。
ならば木造車をバラして、徹底的に資材や部品を再利用して、鋼製車として生まれ変わらせることができるのではないかと。
うまくやれば、当時最新鋭のスハ42形のような客車を安価かつ大量に作り上げることが可能となるのです。

でも事実上は新製を禁止されているスハ42形です。
CTSから横槍が入ることも十分予想できました。
そこで運輸省は一計を案じることにしました。
まずCTSの幹部をオフィスから引っ張り出して、買い出し客で溢れる総武線列車を視察させました。
総武線と言えば、千葉以西こそは新鋭の通勤電車が元気に行き交う線区ですが、千葉以東となれば首都圏各地でお払い箱となった電車が余生を送る地として定評があり、今も京浜東北線で定年を迎えた209系電車が房総の潮風がそよぐ中をのんびりと走っております。
潮風の方は今も当時も変わりませんが、車両の方は凄惨の極みでした。
窓はガラスを失い、椅子は用を成さず、隙間のあいた羽目板はスシ詰めにされた乗客の圧力でいつ破れてもおかしくない有様。
さすがのCTS幹部も言いました。
「これはひどい。人間の乗る車ではない。まるで家畜車だ!」
このまま放置して被害者が出るような事態ともなれば、CTSも責任を追求されることは必至です。
さりとて、そこでスハ42形の追加新製を許してくれる程、CTSも甘くはないです。
ここで、先ほどの木造車鋼体化計画を持ち出す訳です。
あくまでも改造だと。決して新車を作る訳ではないと。

こうして1949年に登場したのがオハ60形客車です。
定員80名だったスハ42形の車内設備を木造車並に落とすことで定員96名を確保。
台枠構材から網棚受けに至るまで、金属品の徹底した再利用。
吹き寄せが視界を隔てる古風な3連窓に、雨樋もない倹約仕様。
CTSも納得の実にチープな仕上がりです。
実はこれも作戦の一つ。
一度軌道にさえ乗ってしまえば、後々の変更など楽なものなのですから。

オハ60形の登場した翌年の1950年にオハフ61形が登場します。
単純に車掌室と手ブレーキが付いただけと思いきや、予想を遥かに超える姿で出場してまいりました。
見晴らしの良い1m幅の窓、丁寧に仕上げられた車体の上部には雨樋の姿も。
座席こそ木造車のものを再利用した詰め込み設計でしたが、TR11台車の乗り心地さえ目をつぶれば、それはスハ42形に匹敵する美しさでした。
むしろ、車端部に寄せた車掌室や後方監視窓など、翌1951年から登場するスハ43系急行用客車の姿を彷彿とさせるものでした。
オハ60系客車は着々と改造が進み、1955年には木造車を営業線から駆逐しました。
まだまだ先進諸国でも木造車が残っていた時代だけに、これは世界レベルでの快挙でした。
作戦は大成功したのです。

さて、木造車の鋼体化改造を推し進めたのは誰でしょう。
ここまで読んでくださった方なら、間違いなく日本人の偉業と考えるでしょう。
でも公的にはあくまでも「進駐軍からの命令」だったのです。
このことと現行憲法の成立の過程には、共通する「ある事情」が見えてきます。
それは進駐軍の許可なくしては何もできず、逆に進駐軍の許可があれば何でもできたのです。

では、戦後の評価にここまで大きな隔たりができたのは何故なのでしょう。
木造車の鋼体化改造については、余程の趣味人でなければ反対する理由はありません。
資金面での問題こそありましたが、最低限の良識さえ持っていれば、乗客の命を危険にさらしたままで良いなどと言う人はまず居ないでしょう。
ところが憲法はそうはいきません。
政府から出された草案が進駐軍に一蹴された様子を見れば、当時から賛否両論だったことは容易に想像できます。
そして当時の改憲派と進駐軍が手を組んだというのも、当然の成り行きだったのでしょう。
新しい憲法を公布する上で、進駐軍のお墨付きというものは実に効果的でした。
少なくとも、新憲法制定を反対する人の声を封じ込めるには十分だったようです。

形あるもの、いつかは必ず崩れると申します。
戦後60年が経過し、いよいよその結界が解けてきた模様です。
当時護憲派だった人が、今度は改憲派として声を上げるようになったのも、考えてみれば至極当然の結果なのかもしれません。
60年を経て、ようやくまともに話し合える時が来たのかもしれません。
ところが現実としては、改憲派は数の力でゴリ押しするばかりですし、護憲派も現行憲法の素晴らしさを一方的にまくしたてるばかりです。
話し合いというより、口喧嘩をしているようにしか見えないのは僕だけでしょうか。

護憲が望ましいのか、改憲が望ましいのか。
今ここで議論するつもりは毛頭ありませんので、そういう話がしたい方は、しかるべき集会等で意見を闘わせることを強くお薦めします。
ネット上では「声が大きな方が勝ち」とばかりに、悪意をむき出しにした暴言も散見されますし、書き込み件数の力でゴリ押ししようという風潮も相変わらずですから、鵜呑みは危険です。
もちろんマスコミだって、先の松本サリン「冤罪」事件の例を持ち出すまでもなく、偏向報道は相変わらずです。
自分の立場から都合の良い情報だけをチョイスして理論武装するのではなく、双方の視点から物事を見つめ直し、自分なりの答えを組み立てていくことが必要なのだと思います。

絵を描く基本はデッサンと申します。
それは、写実的に描き出すことが目的ではありません。
物の形を理解するために、様々な方向から姿や構造をとらえるための訓練なのです。
なので、写真や他人の絵を模写してもデッサンとは言いません。
模写はあくまでもデッサンを補助するための作業。
手段が目的になってしまってはいけません。

何かと余裕がない時代、すぐに結論を出したがる風潮がありますが、こういう時代であるからこそ、慎重に立ち回りたいものであります。
自戒を含めて…。

テーマ : 鉄道
ジャンル : 趣味・実用

プロフィール

かずや(京ヤワ)

Author:かずや(京ヤワ)
河津屋京柔/かずや(京ヤワ)は、京都府下在住の東方好きなMacユーザーです。
昔は電車小僧。今は鉄道おじさん。多分この先も?
広汎性発達障害があることを知ったのは、40歳手前のことでした。
開き直るほどタフじゃないけど、生きるのが随分と楽になりました。
毎週日曜日にキリスト教会に通う程度には信心深いようです。
ちまちまとパソコンでお絵描きしたりしていますが、最近は寡作気味です。

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