愛と勇気のハイキング

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愛と勇気と言えば、このお方。
多少、補正が入っておりますが、細かいことは気にしない方が良いという方向で。

子どもの教会(教会学校)の子どもたちに「カッコイイ男のひととか描けへんのん?」と質問されたところなんで、このひとをプリントアウトしておけば良かったと思っても後の祭り。
「なんかの真似して描いてるひと」という形でインプットされている模様です。

二次創作という表現の在り方について小一時間ばかり語ってみたかったのですが、結果は5秒で終了致しました。
まあ、世の中こんなもんですね...orz

本日、子どもの教会のハイキングで京都水族館へ行ってまいりました。
ハイキングというよりは遠足そのものだったのですが、案内チラシがそうなっていましたので、やはり細かいことは気にしない方向で。
ここ4年ばかり、絶賛人見知り中なので、引率なんて大それた真似はできません。
せいぜい、「歩くカラーコーン」程度の能力。
イメージとしては、こんな感じ。

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ヘ(_ヘ)☆\(--; バキ



実際のところ、子どもたちと直接会話することができない肝っ玉プチサイズのひとなので、今回は「切符係」としての参加です。
主に鉄道駅にて乗車券の購入と、その配給。
あとは、経費の清算や交差点での安全確保等。
直接子どもたちと関わることもなく、粛々と任務を遂行して終了…となるはずでした。

ところが、世の中には常に不確定要素というものがウロウロしているものです。
早い話がアクシデントですね。
笑い話で済む程度のこともあれば、人生を左右しかねない大事件に発展することもあります。
今回は、きっとボーダーライン上だったかもしれないヒヤリハット的なアクシデントです。

京阪樟葉駅に所定の時刻に集合して、京阪電車と近鉄電車を乗り継いで京都駅へ。
八条口から油小路ガード下を抜け、JRの線路群を眺めながら歩くこと15分、梅小路公園に無事到着しました。
既にお昼下がりなので、水族館に入る前に公園内の木陰でお弁当を広げることにしました。
事件は、そろそろ全員が昼食を食べ終わった頃に起こりました。

いつものごとくカロリーメイトで手早くチャージを済ませた僕は、子どもたちが休憩している間に水族館の入場券の購入に同行することになりました。
水族館への入場に障害者割引があり、障害者手帳所持者本人とその同行者1名がそれぞれ半額になるのです。
入場料金2,050円の半額の2人分ですから、使わない手はありません。
割引の適用を受けるためには障害者手帳を提示する必要がありますから、当然僕も同行せねばなりません。
日頃滅多と出番のない障害者手帳ですが、今日ばかりは大活躍です。
偶然、子どもたちに「それ、なに?」と尋ねられたので、「病気の人なので助けてあげてくださいという手帳」と説明しました。
当然のことながら「どこが悪いのん?」と尋ねられましたので、そこは要領を得たもので「頭が悪い」と答えました。
そもそも発達障害なんで、嘘はついていないですよ? (゚Д゚)ノ

さて、落ち葉の上に敷いていたシートから立ち上がると、どうにも右足の様子が変です。
ジーンズの中で、何かがモゾモゾ動いている気配がするのです。
木陰で落ち葉の絨毯ですから、虫の一匹や二匹潜り込んできたところで何の不思議もありません。
特に気にせず、ジーンズをパタパタとはたきました。
ところが妙に頑固な虫らしく、なかなか外に出てこようとしません。
かと言って、虫を連れて歩く趣味もありませんから、徹底的に追い出しにかかります。
しばらく格闘していると、ようやく観念したらしく、ジーンズの中から出てきてくれました。

体長15cm近くあるムカデが。

先述のように肝っ玉プチサイズな人なのですが、その後の動きは自分でも驚くほどに冷静でした。
とにかく子どもに危害が及んではいけないの一心で、偶然手にしていた500mlペットボトルを何度も叩き付けました。
相手はムカデです。
靴で踏んだぐらいでダウンしてくれる相手ではありません。
怖がっていたら返り討ち必至の強敵です。
一心不乱に空のペットボトルを叩き付けたら、ようやく敵の胴体が千切れてくれました。
敵が戦闘不能になるのを確認してから、チケット購入に同行しました。

幸い、そのムカデには噛まれずに済んだみたいです。
ただ、右足がヒリヒリと痛むので油断はできません。
本当であれば流水で洗い流したいところなのですが、それができるような環境でもありません。
腫れなどの異常はなかったので、とりあえず手持ちのメンタムを塗って様子を見ることにしました。
真田さんの名台詞じゃないですが、まさに「こんなこともあろうかと」ってやつです。
鞄にメンタム、お出かけの必須アイテムですね。(`・ω・′)キリッ

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いや本当、ムカデに襲われたのが僕だったので助かりました。
もし子どもの誰かが襲われていたら、それこそ大変な騒ぎになっていたはずです。
救急車ぐらいでは済まなかったかも…。(((( ;゚Д゚))))ガクガクブルブル

かくして「歩くカラーコーン」は、「身体を張って子どもを守った先生」にクラスチェンジしてしまいました。
だからと言って、何かが変わった訳でもないのですけどね。
いやいや、何事も起こらなかっただけで御の字です。
下手すりゃ新聞沙汰にもなりかねなかったのですから。
結局のところ、僕の右足はこの記事を書いている今の時点でも無事っぽいですし。

ムカデ事件とはきっと関係ないところで変化が一つ。
行きしなから、抱っこをせがむ男の子がいたのです。
歩くのが嫌とかじゃなくて、純粋に甘えてくる子どもの姿。
思えば、ここ5年ばかり、こういう関わりを求められた経験がなかったのです。
面倒どころか、舞い上がる心地だったのはここだけの話。
少し事情があるので手放しで喜ぶ話でもないのですが、必要とされることは本当にありがたいことです。

今年も夏休みに子どもの教会の夏キャンプがあります。
同行しようかどうか毎年悩むのですが、今年は悩むこともなさそうです。
別のことで悩みそうですが、必要とされての悩みならば悩み甲斐もあるというものです。

とりあえず、虫除け対策は本気で考えることにします。( ;∀;)

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ロトへの道


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霧雨魔理沙「私はまどろっこしいことが苦手でね。手早く、ささっというのが良いね。」

…なんてことを言っていますが、彼女が人一倍勉強家で努力家だというのは知る人ぞ知る事実。
ひねくれた物言いも、照れ隠しだと思えば激しく萌えようというものです。

学ぶも遊ぶも集めるも全てが全力のひと。
泥棒? いえ、蒐集家です。
「盗んだんじゃないぜ? 借りただけだ。」
まさに幻想郷におけるジャイアニズム。

弾幕は、PowerだZE☆


     * * *


ロトと聞いて「ドラゴンクエスト」に登場する勇者の名前を連想された方は、きっと僕と同世代。
ナカマー♪ \(・∀・)人(・∀・)人(・∀・)ノ

クリスチャン的には、創世記第19章に登場する人物の名前でしょうか。
「天から降り注ぐ硫黄の火」によって滅ぼされた街、ソドム。
創世記第6章に登場するあの有名な「ノアの箱船」のように、やはり助けられる家族が登場します。
ロトとその2人の娘です。
ただ、今回はロトの妻だけは言いつけを守らなかったために塩の柱にされてしまいました。
この話を聞いて「ふしぎの海のナディア」を連想された方は、きっと僕と同世代。
ナカマー♪ \(・∀・)人(・∀・)人(・∀・)ノ



ヘ(_ヘ)☆\(--; バキ



昨年あたりから「断捨離」を始めています。
子どもの頃から収集癖が強い方だったみたいで、色々なものを集めていました。
後になって考えてみれば、なぜあそこまで一所懸命になって集めたものかと不思議に思うのですが、子どもの頃には誰しもが通る道なのかもしれません。
ただ、それを卒業するまでの時間が人の数倍ぐらい長かっただけの話で…。

今、部屋の中で大きくスペースをとっているのは書籍です。
コミック本から専門書の類いまで、見事に趣味を再現したレパートリーです。
社会人になって決まった額の収入を得られるようになると飛躍的に増えました。
本棚の重みで床が抜けるんじゃないかと言われています。

もちろん今でも重用している本や貴重な本もありますから、全部まとめて断捨離という訳ではありません。
なんとなく捨てられなくて、ずんずんたまってきた産物の方の話です。
発掘してみると、出るわ、出るわ。
学生時代の教科書なんて序の口で、昔使っていた携帯電話の便利ガイドブックまで紛れ込んでいました。
ごみ屋敷が誕生するメカニズムが、なんとなく見えてまいりました。(;´Д`)

説明書の類いは、当然古紙回収行きです。
個人情報が含まれる冊子は、シュレッダー処分。
本当は細かく裁断するよりも溶解した方が紙質の良い再生紙が作れるそうなのですが、事業所レベルと比べれば個人が出す量なんて知れていますから、細かいことは目をつむり、市のゴミ分別に沿った形で処分していきます。

問題は、捨てるのが忍びない書籍の数々です。
読む機会がないだけで、書籍としての命が消えた訳ではありません。
それでも本棚に眠っているだけなら、持っていないのと同じこと。
そう自分に言い聞かせて、少しずつ分別を進めています。

幸い、人とのつながりには恵まれている方なので、もらってくれそうな相手を見つけては「押し売り」をして回っています。
もちろん無償譲渡ですよ?
新品で買えばお札の出番が回って来るような本も多いのですが、「BOOKOFF」に持っていったところで二束三文です。
わずかばかりの小銭に変わって寂しい思いをするぐらいなら、喜んでくれる人にあげた方が心地良いというものです。
あくまでも迷惑にならない範囲にというのは言うまでもありません。

こうなると残るは大量のコミック類です。
一般受けしそうなタイトルはすぐに輿入れ先が見つかりましたが、問題は「読む人を選ぶような本」です。
メジャー路線を追っかけていた訳ではないので、とってもマイナーなタイトルもごっそりあるのですね。
わずかばかりの小銭に化けるのを見るのも悔しいですが、古紙回収に出すのも意外と面倒です。
そろそろ観念して、「BOOKOFF」に持ち込んでみることにしました。

13冊持ち込んで170円。
内訳は、30円3冊、10円8冊、買取不可2冊。
以前、40冊近く持ち込んで200円ばかりだったことを思えば優秀な成績です。

この170円、このまま財布に入れてしまうのも悔しいです。
缶ジュースでも買えば一瞬で消えてしまう額です。
そこで目に止まったのが宝くじ売り場。
そういえば、ほっとハウスでも時々「ロト6」を買っている人を見かけます。
1等が当たったら半分寄付するって言ってますけど、本当に当たったら二度と来なくなるでしょというツッコミはお約束(笑)

そんな訳で、このたび初めて「ロト6」というものを購入してみました。
幸い、宝くじ売り場はガラ空きです。
申込用のマークシートには、1から43までのチェックボックスが並んだ枠が5つ並んでいます。
最初、一つずつマークするのだと思って、マークして窓口に出したら注意されました。
一つの枠で1口、1シートで5口まで買えるようになっていたのですね。(*ノωノ)

今度は、一つの枠に固めてチェック。
今度こそ大丈夫だと思って窓口に出したら再度注意。
最初の5つの枠に引っ張られて、5つしかマークしてなかったのです。
ロト「6」ですものね。ちゃんと6つマークしなきゃ。(*ノωノ)(*ノωノ)

三度目の正直で、ようやく発券してもらえました。
本当、他に人がいない時で良かったです。
思い込みって、怖いですね。
普段慎重そうに見える割には、ぶっちゃけ、そそっかしい方です。
ああ、恥ずかしかった。(*ノωノ)(*ノωノ)(*ノωノ)

そんな訳で、先程当選発表がありました。
6つの数字のうち、2つが的中していました。
もしやビギナーズ・ラック??
ちなみに当選は3つからなので、今回は「ハズレ」と相成りました。

まあ、こんなものですよね。
これでいきなり当てちゃったら、確実に人生狂っちゃいますよ? (゜∀゜)☆\(−−; バキ

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HANA-G


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HANAはHANAでも「flower」ではなく「nose」の方です。
期待された方は、ごめんなさい。

僕は、以前から鼻血が出やすい体質みたいです。
突然ボトボトと垂れてくることも珍しくありません。
実際、街中でスプラッタしちゃったこともあります。
チョコレートの食べ過ぎだとか、エッチいことの考え過ぎだとか、色々言われてきました。

最近になって、その原因が判明しました。

鼻の粘膜が弱いみたいです。

うわーい! やっぱり僕は無罪だったんだぁー!! ヾ(*´∀`*)ノ
…あらぬ疑いこそ晴れましたが、何の解決にもなっていないですね。はい。

花粉症から来る鼻炎もあって、春先から今にかけての時期は、鼻血の多発シーズンです。
鼻水かと思えば鼻血だったというのは良くある話。
今さら慌てることもなく、手持ちのティッシュを鼻に詰めて終了です。

本当は氷で冷やしたりする方が良いのですが、なぜか朝の忙しい時間帯に多いので、のんびり冷やしている訳にもまいりません。
大抵は30分もすれば自然と止まるので、積極的に止血することもありません。
とりあえず今やっている作業を中断しないことが目的になっています。

時間に余裕がある時は、何も詰めずに静かに横になります。
顔面を打つなどの理由がなければ、頭に血が昇っていることが一番の要因なので、わざわざ手当てをしなくても、これだけで十分に止まります。

○朝の起床時
○暑さ
○ストレス


僕の場合、これらが引き金となるケースが大半です。
メカニズムが分かってしまえば、案外なんとかなるものです。
これらの要因さえ排除してしまえば、鼻血のリスクは大幅に軽減できる訳ですから。

排除ができない時は…鼻の粘膜が耐えてくれることを祈るだけです。
がんばれ、僕の鼻の粘膜! (´;ω;`)ブワッ


     * * *


鼻血つながりで、最近のニュースから気になったお話をひとつ。
とある人気漫画で、鼻血の描写が波紋を広げているそうです。
原子力発電所を原因とする放射能汚染が問題になっている地域で、原因不明の鼻血が多発しているという描写が問題になっている模様です。

いつもお世話になっている地域活動支援センターにて、その被災地から子どもを連れて避難されて来られた方が勤めておられます。
たまたま機会があったので、このことについて単刀直入に尋ねてみました。
すると、あっさり回答が得られました。
「私も鼻血が出ましたよ。地元の人なら、みんな知っている話ですよ。」

誤解がないように記しておきます。
「放射能被曝=鼻血」とは言っていません。
被災地で、原因不明の鼻血が多発しているという「事実」を述べているだけです。
鼻は、中の粘膜が薄いことがあって、とりわけ出血しやすい部位です。
何かしらの要因で鼻血に至ることは、よくあるお話です。
鼻血まみれの人生を送ってきた人なので、鼻血が増えることに何の疑問も持ちません。
僕自身、ストレスが原因で鼻血が出ることも多々あります。
被災地で暮らしていたとなれば、普通の人以上にストレスを抱えていて当然なのですから、原因不明の鼻血が増えることは全然不思議な話ではありません。

気になるのは、ここからです。
先述の漫画に対する非難の声が止まらないそうです。
風評被害を広げるような記述は避けるべきではないかと。
被災地に暮らす方々に対して、あまりにも無神経ではないかと。
ついには、某環境大臣まで苦言を呈したそうです。

この抗議の嵐について、僕は首を傾げざるを得ません。
原因不明の鼻血について描写することが、なぜ風評被害につながるかと。
過酷な状況の中で暮らしているのですから、体調の変化が現れることは当然です。
何も起こらない方が不自然です。
震災前と変わらぬ平穏な暮らしを描くことが好ましいと言うのであれば、それは欺瞞以外の何物でもありません。

放射能が原因でないのであれば、そのように説明すれば良いだけの話です。
誤解があれば、それを解けば良いのです。
今現実に起こっていることを描くことが、果たして差別の助長に直結するのでしょうか。
むしろ、無理矢理に隠そうとするから、ますます誤解や偏見が広がるのではないでしょうか。
被災地に暮らす方々を守ることが目的でないことは明白です。

ニッポンという存在の評判が下がることを恐れているのです。
ニッポンを守るためなら、犠牲になる人が現れても仕方がないという考えの現れです。
首都を守るための人柱。
死人に口なし。
生け贄に捧げられる人の存在は、あくまでも隠し通すつもりなのでしょう。
半世紀前に、ニッポンの復活と引き換えに沖縄を見捨てたように。

反省とは、過去の失敗を消し去るものではありません。
失敗をばねに、同じ過ちを繰り返さないためのものです。
同じ過ちを繰り返そうとしているのであれば、やはり反省していないのでしょう。

よく、酒呑みの二日酔いにたとえられます。
二日酔いで苦しんでいる間は、二度とお酒は飲まないと誓います。
でも、喉元過ぎれば熱さを忘れる。
一週間もしないうちに、またお酒を呑み出します。
お酒が必要だという、もっともらしい理屈を並べ立てて。

僕自身もその一人。
何度二日酔いに苦しんでも、気がつけば缶ビールに手が伸びています。
偉そうなことを書き並べても、所詮はこの程度の人間なんです。
ごめんなさい。


     * * *


ここまで読まれて、反感を持たれる方も居られるかと思います。
あって然るべきだと思います。
ただ、今ここで反論を書き並べることは誰の得にもなりません。
ご自分のブログなり、然るべき集会等で声をあげてもらうのが一番建設的かと思われます。

最近は、小遣い稼ぎでそういう書き込みを繰り返す人が居ると聞きます。
悪名高きシー○ェパードのように。
罪をかぶるのは、金で雇われた使い捨ての工作員。
黒幕は、いつもお金と命令だけ出して知らぬふりです。

少数派には少数派なりの存在意義があり、生き方があります。
マイノリティーの存在を否定する社会に幸福はありません。
存在そのものを否定された上で、一体どんな幸福が得られるというのでしょうか。

「真実は常に一つ」とは、別の某有名漫画の名台詞です。
でも、僕はこう言いたいです。
「人の数だけ、真実は存在する」と。
今、自らが存在していると認識している世界は、究極的には「そのように認識している」にすぎないというのは、とある有名な哲学者の言葉です。
もしかしたら、本体は薄暗い発電所の中に眠っていて、後頭部につながれている端子から情報を読み取っているに過ぎないのかもしれないのですから。
もし夢であるならば、僕は幸福な夢を見ていたいものです。

こんなことを言い出すのは、やはり僕自身がマイノリティーの側に居るからだと思うのです。
発達障害ゆえ、常に少数派の道を歩んできました。
たまに多数派に加えてもらえましたが、居心地の良い暮らしは決して長続きはしませんでした。
多数派に居る時は、その人は居心地の良さに甘えて、保守の道を望みます。
迫害される側に立たされて、初めて問題意識に目覚め、革新の道を望むようになるものなのかもしれません。

かつて、福祉系の学校に通っていた時に覚えた言葉です。
「底板一枚、抜ければ地獄」
今は安穏な暮らしを送っている人でも、突然の事故や病気で、貧困や障害を負うことは当然に有り得る話です。
多数派に居るから安心なのではない。
インターネット上で非難罵倒の応酬が止まらないのは、不安から目を背けたいという欲求の現れなのではないでしょうか。
自分に自信がない人ほど、「いじめ」という形で他人に依存するものです。
絶対的安全圏から弱者をたたく世の中に未来がありましょうか。
少数派の存在が認められてこそ、多数派もまた真の安心が得られるのだと僕は考えています。

もう弱者の潰し合いを見るのはたくさんです。
不の連鎖は断ち切らねばなりません。
マイノリティーであることを誇りを持って暮らせる世の中であってほしいと願うばかりです。

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マスク解除

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古明地さとり「そんなマスクを付けてみたところで、私に対しては無意味ですよ。」

それでもオトコノコにはマスクを着けねばならぬ時があるのです。

古明地さとり「………………ふぅ。」

だから、無断で人の心の中を覗き込んで、勝手にため息をつくのはやめて頂きたいかと! (´;ω;`)ブワッ


     * * *


最近、伊達眼鏡ならぬ「伊達マスク」というものが流行っているそうです。
素顔を隠すことで自分の身を護ろうとする現れなのだとか。
自分だけかと思っていたら、意外とそういう人が多いと聞いて、少し複雑な心境であります。

対人恐怖というか、人見知りというか、常に緊張を強いられる身にとって、素顔を晒すことは防具を着けずに冒険の旅に出るようなものです。
スライムぐらいなら素手でも対処できそうですが、レベルアップが間に合わないと悲惨な目に遭います。
以前、ドラクエ8をプレイしてみて、経験値稼ぎのために彷徨っていた時間が一番長かったというような気がするのは僕だけでしょうか。
RPGゲームなら、そういう芸当もできる訳ですが、中にはレベル連動制というゲームもありますのでご用心を。
自分がレベルアップした分だけ、相手もしっかりレベルアップして再登場。
世の中、そんなものなのかもしれないです。(つд`)

コミュニケーションで極度の緊張を強いられる人にとってはマスクは有効なアイテムのひとつでありますが、頼りすぎは禁物なようです。
ドーピングは、ここ一番という時に仕込むのが一番効果的。
慣れてしまってはカンフル剤の意味がなくなってしまいます。
同じ慣れるなら、負荷に慣れる方がはるかに前向き。
でも抗体ばかり増えても分が悪いですから、無理もまた禁物。
複雑怪奇な進化を遂げてしまった現代社会において生き残る術は、バランス感覚を養うことに行き着く模様です。


     * * *


バザー等、対人関係で過剰な緊張を強いられる場面では伊達マスクを愛用している僕ですが、2月から4月にかけては日常的にマスクを装着する生活を強いられております。
オフシーズンが伊達マスクなら、これは「本気マスク」と言えましょうか。
付けてるマスクは一緒なんですけどね(笑)

せっかくの春を台無しにされる不治の病。
はい、花粉症です。
僕はスギよりヒノキの方がきついので、4月にピークを迎えます。
スギ花粉の時期には割と余裕ぶっこいでますが、スギから解放された方々が春を堪能しはじめる時期になって、一番症状が悪化します。
最盛期には、マスクなしでは5分で肺が腐る…もとい、鼻水と涙が溢れてきて悲しいことになります。
もちろん窓なんて開けられません。
どんなに蒸し暑くても我慢の人です。
満開の桜を堪能できないだけでも辛いのに、夏日にまで襲われるなんて、どこまで外道チックなのでしょうか。ヽ(`Д´)ノウワァァン!!

最近は、徐々に負荷をかけて花粉に対するアレルギーを克服するという治療法も登場してそうですが、薬物療法ではないので治療には年単位の時間が必要となります。
もちろん専門医による適正な管理と指導が大前提なので、決して素人が聞きかじりで真似してはいけません。
いよいよ花粉症が悪化して、目ん玉と鼻を取り外して洗浄したくなること請け合いです。
なので素人は素人らしく耳鼻科のお世話になるも、僕の場合は効果薄。
ちなみに市販の点鼻薬はますます鼻炎がひどくなったので今では絶対に使いません。

そんな僕に今一番ジャストフィットしているのが、マスクと甜茶の重ねがけです。
どちらも面倒さが付きまといますが、目と鼻には代えられません。
1月後半から甜茶をスタートして、2月に入るとマスクを追加配備。
3月は準備期間と割り切って、4月のヒノキ花粉に臨みます。
伊達マスク派を気取ってはいても、やはり吐いた息で蒸れるのは閉口ものです。
真冬にはマスクの内側に水滴がたまるし、眼鏡が曇るのも悩みの種。
なのでクリンビューも追加投入です(涙)
暑くなれば暑くなったで、文字通り蒸れ蒸れです。

そんなヒノキ花粉もシーズンが過ぎて沈静化。
天気予報の花粉予報も随分とおとなしくなりました。
5月に入り、今年もようやくマスクを外して外出ができるようになりました。
ああ、こんな僕にも、いよいよ短い春の到来です!! ○o..*ヾ(*′∀`*)ノ*..o○

甜茶がまだ残っているので、飲み切るまでは甜茶が続きます。
今回は買い足しのタイミングが悪くて、長いロスタイムになりそう。
飲んで身体に悪いものでもないし、しばらくは純粋に甜茶の味を堪能させて頂くことにします。
味についての評価は人によって分かれるところですが、僕にとっては決して嫌いな味じゃないですよ? (´・ノω・`)コッソリ

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テーマ : 広汎性発達障害
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プロフィール

かずや(京ヤワ)

Author:かずや(京ヤワ)
河津屋京柔/かずや(京ヤワ)は、京都府下在住の東方好きなMacユーザーです。
昔は電車小僧。今は鉄道おじさん。多分この先も?
広汎性発達障害があることを知ったのは、40歳手前のことでした。
開き直るほどタフじゃないけど、生きるのが随分と楽になりました。
毎週日曜日にキリスト教会に通う程度には信心深いようです。
ちまちまとパソコンでお絵描きしたりしていますが、最近は寡作気味です。

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