うごイラ!


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GIFアニメと言えば、ホームページを作る時とかによくお世話になっている、GIFファイルの拡張形のひとつです。
GIFファイルの特性上、256色に減色しないといけないのが難点ですが、扱いが簡単なので、今でも大変重宝しております。
Flashファイルだと、色数の制約もないし、色々な仕掛けも組み込めるのですが、いざ自分で作るとなると色々と面倒で…。
そういえばPNGベースのMNGやAPNGって、開発されてから随分と経つのに一向に普及する気配がないですよね。
いよいよ幻想郷入り? (゜゜)☆\(ーー;バキッ

突如浮上したライセンス問題で、ホームページ上から慌ててGIFファイルを引き揚げたりしたのも今や過去のお話。
古参ユーザーの中には、あの時一緒にGIF騒動に巻き込まれた方も多いんじゃないかと思います。
UNISYS社が持っていた特許の有効期限が10年前に切れたので、再び自由に使えるようになったのは有り難いです。
24bitカラー全盛の時代に今更8bitカラーと言うなかれ、使い勝手の良さは今も現役バリバリです。

Web上ではとっても重宝するGIFアニメですが、SNSとの相性は今ひとつ良くない模様。
mixiでは本文中での使用は不可で、プロフ画像で使用できるのもコミュニティ等のごく一部に限られています。
アニメーションという性質上、ファイルサイズが大きくなってしまうのが使用を渋られる理由なのでしょうか。
アップロード対象外というだけで、GIFファイルそのものはレイアウトのあちこちに使われていますし。
どうにも腑に落ちませんが、仕様ならば仕方がありません。
ビルちゃんもよくそう言ってましたし。ヘ(_ヘ)☆\(--; バキ

pixivでもGIFアニメは長らくプロフ画像でのみ使用可能でした。
作品投稿はJPEGとPNGのみが対象でしたし、イラスト投稿ならばこれで事足ります。
元々動画は対象外でしたし、これはこれで仕方がなかった訳です。

それがですね、突然降って湧いてきたのですよ。
動画投稿機能…その名も「うごイラ」。
そんな噂も聞いていなかったし、最初イラストが動き出した時には、おじさん思わずびっくりしちゃいましたよ?

GIFアニメを直接投稿することも可能なので、GIFアニメの単語ばかりが一人歩きしていますが、厳密にはGIFアニメではありません。
ソースを直接解析した訳じゃないけど、JavaScriptか何かで複数の画像を時間指定で順次表示する仕掛けみたいです。
なので、従来通りJPEGやPNGでも投稿することができます。
つまり、256色に減色する必要もなければ、アニメーションを作るための特別なアプリも要らないということです。
各コマの画像を一括アップロードして、表示時間を設定すれば、後は通常のイラスト投稿と同じです。
アナログ画をスキャニングしてもいいし、デジカメでコマ撮りするという手法だって考えられます。
但しコマ数の上限は一作品につき50コマまでに制限されているみたいです。

既にpixiv上には玉石混淆の作品群がアップされています。
ちょっとしたお祭り騒ぎ状態。
オラ、なんだかワクワクしてきたZE!

僕も過去絵をいじって参戦してみました。
上に貼付けたのはGIFアニメですが、pixivにアップしたのはJPEGファイルです。
24bitカラーの「きゅっきゅっきゅっニャー」が堪能出来ますよ!
…まあ、ぱっと見は大差ないんですけどね。(。-∀-) ニヒ♪

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よろしい、ならば印刷だ


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多々良小傘「誰も驚いてくれないから、お腹がペコペコだよぉ。うらめしやぁ。」

出番がなくて暇を持て余した唐傘お化けちゃんの様子です。
無視すると落ち込んで余計に鬱陶しくなるので、適当に遊んであげると喜ぶそうです。
…って、阿求さんが言ってた。

     * * *

裏庭からこんにちわ。
ここ数週間ばかり、上図のような感じで「ほっとハウス」の裏庭に佇んでおります。
諸般の事情により、現在この場所が「一番落ち着く場所」になっています。

お友達は蚊取り線香。
時々、職員さんが心配そうに様子を見に来てくれます。
前回の記事からして様子がおかしいと察した方はビンゴです。
抑うつ再来です。

うつ病と抑うつは似て非なるものです。
同じ「うつ」だと思われていますが、まったくの別物です。
うつ病はそれ自体が病気であるのに対し、抑うつは別の要因で引き起こされるものです。
「うつ病は薬で治る」と言われているのは、あくまでも前者の話です。

抑うつの軽減には、抑うつを引き起こしている主たる原因を取り除かなくてはなりません。
例えば失恋が原因で抑うつになっている場合は、失恋そのものを克服しないことには抑うつも改善しないという具合です。
恋の病は草津の湯でも治せないと申しますし、医者としては抗うつ剤を出すのが精一杯。
これ以上の治療行為は保険の適用外…コンコンコン…おや誰か来たようですよ?( ゚Д゚)

かく言う僕の場合は、発達障害から来ている「対人関係への恐怖」が原因となっています。
最初に診てもらった精神科医は、こう表現していました。
「社会に適応しようと無理するあまり、削らなあかんとこ削らんと、削ったらあかんとこ削ってる。」
なんとも曖昧な表現ですが、実は一番的確な表現だったりします。
「不器用な職人肌」とか「発達デコボコ」とか呼ばれる所以です。
鵜呑みにしてもらっては困る表現ですが、的は得ていると思います。

社会に合わせようと周囲の目を気にしてばかりいる人なので、アルデンヌの森でさえ平然と侵攻する装甲師団チックな人とは極めて相性が悪いのです。
史実であれば数年後には連合軍の猛反撃でコテンパン…となるのですが、ノルマンディー上陸作戦が始まる気配はなさそうです。
いやいや、別に戦争がしたい訳じゃないですから。
特定の誰かが静かになれば解決するという類いの話でもありませんし。
いくつもの要因が重なって、複雑に絡み合って今の姿がある訳です。
原因をすべて取り除いたら、僕自身まで取り除かれちゃいますよ?

よろしい、ならば印刷だ!
現実逃避どころか、めちゃめちゃリアルな現実問題。
年二回定期発行の「とうがらし通信」の印刷の時期が巡ってまいりました。
空間的には逃避してるけど、実は一番現実的な立ち位置。
偽の偽は真なりってやつです。きっと。

本日の戦績。
いつものごとく、当たり前のように職員さんに同行して、当たり前のように「ひと・まち交流館」に出張して、当たり前のように輪転機を回して、当たり前のように印刷物を抱えて帰ってまいりました。
結果的には、今朝より随分と顔色が良くなったらしいです。
人はパンのみで生きるに非ず。
世の中、食べ物より大事なものはいくらでもあります。
その数をたくさん数えることができる人は幸いです。

久々の大活躍で、すっかり気分も良くなったので、休憩する余裕もできました。
明日から、印刷物の組み立て作業があるのですが、僕はしばし待機モードで様子を見させて頂くことにしました。
「働きたい者だけが働く」というスタンスは、「無理をしない程度に挑戦してみる」という意味であって、「誰かがやってくれるから構わない」という意味ではありません。
その辺りの認識の整理が喫緊の課題になっているので、少しばかり協力することにしました。
組み立て作業が無事に終われば良し、駄目なら僕の出番が回ってくるだけの話です。
どちらに転んでも僕自身は痛くも痒くもありません。
うふふ。

驕る平家は久しからず。
この世の春なんて一瞬の幻影です。
後になって歯ぎしりしてみても間に合わないのです。
一人でも多くの人が、早くそのことに気付いてくれますように。

いつの日にか裏庭からテーブル席に転属したいと願っている人のひとりごとでした。

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居場所を求めて


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美しい大地は 私たちの神が
与えられた恵み、貴い贈り物。
約束の大地は わかちあいの大地。
神の強いみ手に 導かれた土地。
(讃美歌424番1節/日本基督教団出版局「讃美歌21」より)


     * * *

「精神衛生法」が、ようやく「精神保健法」と名を変えた時代のお話です。
それまでの精神障害者の処遇は、とにかく投薬で社会復帰を促し、それが無理なら社会から隔離するというものでした。
それは社会防衛のための措置であり、個人としての尊厳は置き去りにされていました。

京都南部の駅前住宅街にある教会の一室で、それは誕生しました。
病院や施設から離れて、地域社会の中で自立した生活を送るための拠り所となる場所。
そこは治療の場でもなければ、訓練の場でもありません。
日々の生活に疲れた時に一休みできる場所…憩いの場です。

地域の中でバラバラになって暮らしている精神障害・精神疾患の当事者たちが、共通する苦しみを分かち合いながら、お互いに助け合って生きていくために必要となる場所。
お金もなければ、制度のバックアップもない時代。
色々なものが足りず、無い中で知恵や労力を出し合ってやり繰りせねばなりませんでした。

それでも集まって来る人たちは幸せでした。
これまでは病院や訓練施設にしか自分たちの居場所がなかったのです。
疲れた時に、何もせずに休める場所ができたことが何よりの幸せでした。
障害や病気を隠すことなく、安心して集まることができる場所ができたのですから!

     * * *

貪りの心が 正義を踏みにじり、
貧しい人々の 大地を取り上げる。
喜びの歌声、涙に変わりはて、
緑のこの土地は 灰色にかわる。
(讃美歌424番2節/日本基督教団出版局「讃美歌21」より)


     * * *

「精神保健法」は、さらに「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」へと発展しました。
「精神保健福祉法」とも呼ばれている、現行の法律です。
主たる目的が社会防衛から精神障害者に対する支援へとシフトチェンジしました。

長年の草の根運動は、公的施設として設置が認められるに至りました。
それまで手弁当での活動だったものが、公的支援により運営されるようになったのです。
もうお金の心配は要りません。専従さんだって雇えます!

ところがこれを境に、当事者同士による助け合いだったものが変質していきました。
職員や設備を充実させたおかげで、より重度の障害を持つ人の受け入れが可能となりました。
このことは、同じ利用者の中に「助ける人」と「助けられる人」が生まれることになりました。

すべてが整った今の姿しか知らない人にとっては、あるのが当然、助けてもらえるのが当然です。
出し合うのが当然と考える人と、出してもらうのが当たり前だと考える人。
高齢化の影響もあって「自分の力で出来ること」は少しずつ減っていきました。
これに反比例して、不協和音は徐々に大きくなっていきました。

居心地の良さが評判を呼び、利用者の数は増加の一途でした。
その一方で、離れていく人の数も増えていきました。
何でも与えられるのが当たり前だと考えている人が大勢を占めたとき、助け合いの文化は過去の情景となってしまいました。
その代わりに台頭してきたのは、限りある財源を奪い合う人の姿でした。

     * * *

種蒔く者が飢え、刈りとる者が痩せ、
紡ぐ者がふるえ、貪る者が富む。
ためいきの大地を 神は見過ごさない。
この大地すべては みんなの持ち物。
(讃美歌424番3節/日本基督教団出版局「讃美歌21」より)


     * * *

障害者自立支援法…現在の障害者総合支援法(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律)の成立は、順風満帆かに思えた施設の運営を危機的な状況へと追い込みました。
運営費のやり繰りにより「利用者1割負担」こそ回避できましたが、それ以上に重くのしかかったのが「日割計算方式」でした。
建前は利用者が自由に施設を選べるようにするためということでしたが、実際には事務作業が増えるばかりでトータルの措置費は大幅に減らされました。

それまで当たり前にあったものが、徐々に姿を消していくことへの不安。
今までが恵まれすぎていただけなんだと諦める人も居る一方で、今も独り占めを続けようとしている人も居ます。
コミュニケーションに支障がある人が多いとはいえ、ここまでバラバラになってしまったのは何故なのでしょうか。
与えられることに慣れてしまったから。
当事者として自分自身の力を出し合うことを忘れてしまったから。
前途を悲観して財源を奪い合う姿は、今まで以上に露骨なものとなりました。

沈み行く船に見切りをつける人。
沈み行く船にしがみつく人。
どちらを選んでも修羅の道です。

日を追うごとに狭まる空気の中で、どんどん隅へと追いやられる日々。
他の人を蹴落としまで居座りたいという気持ちもありません。
かと言って、逃げ出したところで行き先などありません。

     * * *

美しい大地は 私たちの神が
与えられた恵み、貴い贈り物。
分け合い、助け合う 希望満ちる大地、
そのすべての物は みんなの嗣業だ。
(讃美歌424番4節/日本基督教団出版局「讃美歌21」より)


     * * *

今さらながら、幼少期から職場に至るまで続いて来た「いじめられ人生」で受けた心の傷は、自分が思っている以上に深かったようです。
新しい場へ入っていくことへの恐怖。
馴染もうと身を削る日々を送り、やがて裏切られ追い出されてきたことへの悲しみ。
それを「思い過ごし」や「努力不足」という言葉で片付けようとしている傍観者への怒り。
そして、僅かな年金と貯金の切り崩しで生きていくことへの不安と、就職へのプレッシャー。
病院も、就労支援施設も、教科書通りの言葉を投げかけるのみです。

「障害者は健常者の理屈では生きられない。仕事は自分で作らなくちゃ!」

いつの日にかYさんが言っていた言葉です。
それを聞いた時は、随分と途方のない話に聞こえました。
でもそれが今になって徐々に現実味を帯びて来ました。
長続きしない場所に心身を削るぐらいなら、自分の居場所を新たに作ることの方がはるかに建設的なんじゃないかと。

自分にできること、できないこと。
自らに求められていること、自らが求めていること。
手弁当を承知の上で、中心的立場で一緒に働くことができる人。
そして物理的な容れ物。

重い腰をあげ、種蒔きをはじめました。
かつて、夢を求めて憩いの場を立ち上げた先人たちの遺志を受け継いで。
まったく同じものではなく、自分らしく自分にできる範囲の形で。
続きはまたいずれ、何か書けるような展開になったらということで…。

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テーマ : 広汎性発達障害
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猫車


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今日も愛用の猫車で、せっせと運搬作業に勤しむお燐ちゃん。
てきぱき働く姿は微笑ましいですが、積み荷の正体は知らぬに限ります。
中身は間違いなくアレですから。

CORPSE

映画のタイトルなら、ほぼ間違いなくホラー映画です。
わからないひとは、英和辞典等でこっそりお調べください。
間違っても真夜中には調べないでくださいね。(´・ノω・`)コッソリ

     * * *

人に必要とされるということは、本当にありがたいことです。
お金なんて二の次なんです。
永田町や霞が関のお偉い人たちは、その辺りのことが分かっとらんのです。

ただし、生活が保障されているという前提でですよ?

かく言う僕自身は、ありがたいことに割と忙しい方なのかもしれません。
お金なんて二の次(ry

生活できるだけの年金を頂けるなら話は別ですが、現状は説明するまでもありません。
当面の間は、やれるだけのことを誠意を持って完遂するまでのことです。
長生きする予定もありませんし。
将来の希望は、お燐ちゃん自らの手で灼熱炉に投げ込んでもらうことです。
うふふ…。

     * * *

そんな訳で、今日は朝からほっとハウスに伺い、お昼は宇治市役所ロビーでの物品販売の手伝いに勤しみ、午後は向島のYさん家に伺いインターネット環境の復旧作業をやってました。
ああ、人に必要とされるということは、本当にありがたいことです。
お金なんて二の次です。(`・ω・′)キリッ

復旧作業も無事に終わり、夕方までYさんと色々おしゃべりしてました。
その中で出て来たのが猫車の話。
猫車って、なんで猫車というのでしょうか??

帰宅後ググってみたら、由来には諸説あるみたいですが、
「猫が通るような狭い場所でも自在に行き来が出来る運搬車」
という説が一番わかりやすいような気がします。

多分、火車は関係なさそうです。
同じ運んでもらうなら、やっぱりお燐ちゃんの猫車の方が良いです♪ (゜∀゜)☆\(−−; バキ

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被災地支援バザー



先日、鼻血についての話を書きました。
とある漫画の中で、被災地で原因不明の鼻血が多発していることに触れたところ、抗議の嵐になったという件です。
鼻の中の粘膜はデリケートであり、もともと些細なことで鼻血が出るものです。
だから、「そういう話もあるんだ」という程度に聞いておけば良いものを、放射能の有無の話につなげてしまったものだから、話がややこしくなってしまったのです。

そもそも、放射能の有無について議論するのは不毛な話です。
一番の勘違いは、基準値というものを絶対視していることだと思うのです。
基準値なんてものは所詮は目安です。
下回れば安全、上回れば危険、なんて一概に言えるものじゃありません。

アルコールを考えてみれば良いです。
缶ビールぐらいでは酔わない人も居れば、奈良漬けを食べただけで酔う人も居ます。
ノンアルコール飲料だから大丈夫なんて話にはならないのです。
0.5%未満であればノンアルコール飲料と名乗れるので、アルコールに弱い方は十分にご注意ください。
ぶどうジュースを飲んだだけで急性アルコール中毒になる人も居る訳ですから。
特に赤ちゃんとか。ジュースの種類にはくれぐれもご用心を。

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教会で被災地復興支援バザーを開くにあたり、被災地で作られた食品に残留する放射能の不安がないかと言えば、不安が残るというのが正直なところです。
それは検査内容が信用できないという意味ではなく、どんな人が食べても大丈夫と言い切ることが最初から不可能だからです。
特に保育園との関係が深い教会ですから、どうしても乳幼児が飲食する機会が多くなります。
おとなが食べる分には大丈夫でも、乳幼児が大丈夫という話にはならないのです。
産地を明確にした上で、個々の判断で食べてもらうしかありません。

今、一番必要とされているのは、こういう話だと思うのです。
一律に安全とか危険とか決めつけようとするから、話が変な方向にずれるのです。
そもそも、今の市場にあふれる豊富な食材のうち、一体どれだけのものが安全だと言い切れるのでしょうか。
原料、農薬、添加物、有毒部位、加熱時間、等々…放射能だけが危険なのではありません。
消費者はもっと賢くならなくてはなりません。
最低限、自分自身が食べても大丈夫なものを自分の目で見極める程度には。

そのためにも、情報公開はもっと積極的になされるべきです。
都合の悪い話に蓋をして回っているようでは話になりません。
責められるべきは、自らの主張を漫画という形で表現した一個人ではありません。
自らの保身のために無責任な隠蔽工作を続けている人々こそ、一番に責められるべきなのではないでしょうか。

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本日のお昼ごはん(?)。
カレーライスのライス抜き(苦笑)です。

前回のバザーでは約50食が出たので、そのつもりで食券を60枚用意していたのです。
ところが予想外の売れ行きに、とうとう食券が足りなくなってしまいました。
秋と違い保育園との合同にならない春のバザーなので、さほど売れないだろうと思いきや、まさに嬉しい誤算です。

今日は6月にあるまじき暑さとなり、京都でも36℃まで上がりました。
暑い日にはカレーがよく売れると申しますが、まさかここまでとは!
バザーに訪れる人の数そのものが増えてきているようにも感じます。
当初は身内だけの参加だったものが、徐々に輪が広がり定着してきている証拠だと思います。

急遽、ご飯を追加で炊いたり食券をリサイクルする等して対処したカレーライスは、全部で66食が出ました。
食券売りで立ちっぱなしだった僕は、バザー終了後に頂きました。
ご飯が残っていなかった代わりに、鍋からボールに移していたカレーをダイレクトにワイルドに(笑)
バザー中は慌ただしくてのんびり味わう暇がないので、この方が存分に味わうことができます。
冷めていたけど、猫舌なのでむしろ好都合。
本当、美味しかったです。ヾ(*´∀`*)ノ

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テーマ : メンヘル人間の日常
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プロフィール

かずや(京ヤワ)

Author:かずや(京ヤワ)
河津屋京柔/かずや(京ヤワ)は、京都府下在住の東方好きなMacユーザーです。
昔は電車小僧。今は鉄道おじさん。多分この先も?
発達障害の一つ、ASD(自閉症スペクトラム)であることを知ったのは、40歳手前のことでした。
開き直るほどタフじゃないけど、生きるのが随分と楽になりました。
毎週日曜日にキリスト教会に通う程度には信心深いようです。
ちまちまとパソコンでお絵描きしたりしていますが、最近は寡作気味です。

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