クリスマスだからカレーライス


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フランドール「わ…私も一緒にクリスマスしてもいいかしら?」

   * * *

どうにも、この国ではクリスマスというものが曲解されているように感じます。
派手にパーティーを開く日だとか、良い子にしてるとプレゼントを貰える日だとか、リア充…もとい、勝ち組のヒトビトがこの世の春を謳歌する日だとか。。。
いやね、「この世の春を謳歌するための日」だったら、マジで中止なり糾弾なり粉砕なりして頂いて結構です。
そこまで行くと、もはやクリスマスでもなんでもないのですから。

辞書で調べれば「イエス・キリストの誕生を祝う日」と書かれてありますが、それだけでは半分だけの正解。
イエス・キリストの誕生が何を意味するかが重要なのです。

ファリサイ派の律法学者は、イエスが罪人や徴税人と一緒に食事をされるのを見て、弟子たちに、「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」(マルコによる福音書2:16-17/新共同訳)

今まさに苦しんでいる人、悲しい思いをしている人、辛い思いをしている人、寂しい思いをしている人。
暗闇の中でもがき苦しんでいる人々に指し示された、一筋の光。
今日という日を生きるために泥まみれになりながらも懸命に生きている全ての人たちのために、希望という名の明かりが灯された日なのであります。

神さまは便利屋ではありません。
祈ったからと言って、自分の思い通りに世の中が変わる訳ではありません。
奇跡は滅多に起きないから奇跡と言うのです。

でも、可能性という名の種を芽吹かせることはできます。
希望という名の光を浴びながら、努力という名の土の上で懸命に伸び続け、やがて大きな花を咲かせることもありましょう。
その花を奇跡と呼ぶのです。

20111225_001a.jpg

今日は12月25日…そして日曜日。
クリスマスの当日に、クリスマス礼拝を持てるのは、まさに1/7の確率です。
喜ばしいことである反面、一番年末に近くなるので、例年になく忙しいクリスマスとなるのも事実であります。

うちの教会では、例年、クリスマス礼拝の後、皆でカレーライスを頂きます。
準備の時間の都合もあって、何人かで分担して自宅でカレーを作っておき、鍋ごと教会に持って来て、当日、大鍋にあけて一つのカレーに仕上げます。
材料や調理法は基本的に個々に任されているので、どんなカレーに仕上がるのかは当日に実際に大鍋にあけてみないと分かりません。(笑)

まあ、カレールーは複数のメーカーのものを混ぜ合わせると、より美味しくなると言いますし、いくら個々に任されているとは言っても皆さんオーソドックスなカレーを作って来られますから、過去に失敗した事例はありません。
はい、今年も美味しいカレーライスを頂きました。

一つの鍋から分け合って、のんびりとカレーライスを頂く。
全然クリスマスっぽくないんだけど、こういうクリスマスの方が素敵だなって思います。



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フランドール「わ…私も一緒にクリスマスしてもいいかしら?」



もちろんOKですよね。(・∀・)



クリスマスおめでとうございます!

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

プロフィール

かずや(京ヤワ)

Author:かずや(京ヤワ)
河津屋京柔/かずや(京ヤワ)は、京都府下在住の東方好きなMacユーザーです。
昔は電車小僧。今は鉄道おじさん。多分この先も?
発達障害の一つ、ASD(自閉症スペクトラム)であることを知ったのは、40歳手前のことでした。
開き直るほどタフじゃないけど、生きるのが随分と楽になりました。
毎週日曜日にキリスト教会に通う程度には信心深いようです。
ちまちまとパソコンでお絵描きしたりしていますが、最近は寡作気味です。

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