悟るのは難しいので考えてみた


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いいか、みんな
        (゚д゚ )
        (| y |)


小五とロリでは単なる犯罪だが
     小五  ( ゚д゚)  ロリ
       \/| y |\/


二つ合わされば悟りとなる
        ( ゚д゚)  悟り
        (\/\/




古明地さとり「………。(じぃー…)」

かずや「哀れなものを見るようなその目が痛いっっ!」

さとり「言い訳は無用です。私に嘘は通じません。」

かずや「すみません。調子乗りました。」

さとり
「さりとて、嘘も貫き通せば真となりましょう。その場しのぎの嘘は何も生み出しませんが、いたずらに真実を曝け出すことは暴力に等しい。人はそれほどまでに強くなく、お互いを守り合うために嘘を身に纏う知恵を身につけたのです。私のような能力を持つ者が忌み嫌われるのは当然のこと。陽の光の届かぬ地底こそ、私にふさわしい住処なのです。」


かずや「そんな、勿体ない…。」

さとり
「おや、また随分と特殊な考えをお持ちなのですね。ふむ、萌え要素と呼ばれるものですか。この私にもその萌え要素とやらがあると言うのですね。この私を好いてくれる者など居る訳ないじゃないですか。何を馬鹿げたことを………そ、そ、そ、そんな馬鹿な! 今の地上は一体どうなっているのですか!?」




結論:自己評価と周囲からの評価は、得てして大きくかけ離れているものである。



     * * *


10月21日(日)は、サロンのみんなで京都文化博物館へ行って来ました。
他の人が描いた絵を観ることを怖がっている節がある羅部くんに、愛の画家ことマルク・シャガールの絵を観せようとTさんが言い出したことが話の発端。
なので僕らはおまけみたいなものなのですが、障害者手帳を持参すれば入場料が無料になるというので、せっかくの機会なので同行させて頂きました。

いやいやいや、あれだけ大量の絵を一度に観られるというのは、実に良い機会です。
時系列に沿って観ていくと、一枚ずつ観ていたら気付かないような、大きな時代の流れに飲み込まれながらも、試行錯誤を繰り返しながら懸命に歩んで来た人生みたいなものが見えてきて、実に興味深かったです。
あと、羅部くんの反応がなかなかに激しくて、見ていて面白かったです。ヘ(_ヘ)☆\(--; バキ
シャガールの絵を観に行ったはずなのにパウル・クレーの画集を土産に購入したりとか、とにかく期待を裏切りません。
羅部くんの絵と方向性が似ているということでTさんが連れて行ったのですが、一粒の種となって畑に蒔かれれば良いと願います。
そして、おこぼれご馳走さまでした♪ ○o..*ヾ(*′∀`*)ノ*..o○



    * * *



10月26日(金)は、障害者就業支援センターへ行ってきました。
8月の久御山町某所の職場見学でダウンして以来、養生に専念していたのですが、そろそろ調子も戻ってきたので就職活動を再開することにしました。
いつものようにハロワで見つけて来た求人票5枚を携えて行ったのですが、先日某所でそそのかされて書いた「ぼくのかんがえた さいきょーのさろん」も一緒に持って行きました。

折角書いたことですし、宿題と称してYさんに提出するついでにサロンの皆さんにも読んで頂いたのですが、半ば冗談のつもりで書いたのにサロンのリーダーでもあるHさんが熱心に読んでくださり、数多くの文献に囲まれて暮らしているYさんやTさんも丹念に読んでくださり、予想外の展開に少々びっくり。
というのも、全部はともかく、一つ一つの内容に絞って考えれば十分に実現可能な事柄であり、次年度以降の体制についての話し合いが計画されていることもあって、話のとっかかりとして面白いということらしくて。
それで調子付いた僕は、こともあろうに就業支援センターの担当者に見せちゃったという次第です。

現状報告の一環として、ちらりと見せる程度のつもりでいたのです。
起業する気なんて全くないですし。
せいぜい、そのまま別の話題に移って終了。
そう思っていました。

先日、発達障害者支援センターで、福祉的就労を薦められたことがありました。
収入が目的ではなく、生活リズムを整えるのが目的というやつです。
暇つぶし的な作業を一日続け、工賃はせいぜい食事代程度。
決まった時間に食事し、決まった時間に眠り、定期的に通う場所を複数持っている僕にとっては、どうにも無駄なものとしか思えません。
収入が目的であれば暇つぶし的な内容でも全然OKなのですが、収入に繋がらないのであれば、今の僕には全くメリットがありません。
このことについては、就業支援センターの方でも同意見でした。

今回、職場体験を前に挫折したことを改めて考え直してみた時、果たしてそれは得意不得意から来る問題であったかということです。
対人関係の構築に難があり、接客や電話応対などの仕事を避けて就労先を探しており、今回も店舗内を通ることへの不安があったことも事実です。
でも、それは問題の一部分に過ぎなかったのではないか。
直接的に感じた苦痛…それは、手足の動きを縛るほどの緊張。
身の置き処が見つからないことへの不安、不特定多数の人と接することの不安、そして何か失敗するんじゃないかという不安。

これまでに離れた職場を振り返って考えます。
仕事の内容そのものは、それなりに消化していました。
そして、ひたすら向上し続けることを要求されていました。
先の見えない闇の中、不安ばかりが募る日々。
年々深刻化するトラブルと利用者からのクレーム、夜勤から来る睡眠不足と一瞬の油断が生む操作ミス、業務が激減したことでのアイデンティティクライシス。
決して一人ぼっちだった訳じゃなく、助けの手がなかった訳でもないのに、漠然とした不安はますます大きくなっていく一方で、最後はそれに押しつぶされてしまう。
その繰り返しだったように思います。

僕はこれまで、得意な仕事は何かと尋ねられた時など、よく自分は器用貧乏だと考えていました。
特に何かが秀でている訳でもなく、雑用的に便利に使われるのは得意だけど、何かひとつ自信を持ってできるような仕事は思いつかないと。
これを言うと、よく過小評価すぎると言われるのですが、実際のところ、自分ではどの職場でもお荷物的な存在だとずっと感じていました。
最初の職場を辞めるとき、主任のM先生から「居なくなってから、はじめてその重要さに気付くような存在」と言って頂いたのが一番の救いでしょうか。

そして、今回の「ぼくのかんがえた さいきょーのさろん」の話に戻ります。
自分では、落書きのつもりで適当に書いただけだったのですが、予想以上の反響がありました。
何かを創り上げる力…具体的な案を引き出し、文書としてまとめる能力など、このまま眠らせてしまうには勿体ないと言われます。

一方で、僕はハローワークでどんな求人票を選んできていたのか。
清掃や軽作業など、大きな失敗を引き起こさないような仕事を選んでいなかったか。
やりたい仕事を探している訳ではなく、単に不安から逃れる道を探していただけなのではないか。
どんな仕事にも責任があり、ミスもあればトラブルもあり、不安を抱えずに全うできる仕事など、いくら探したって見つかるはずもないのに!

もちろんリスクを小さくする工夫はできます。
リスクのより小さい仕事を探すことも、またその工夫の一つでしょう。
でも、これは消極的な選択肢。
言わば、引き算の発想です。

障害者にとって働くとはどういうことなのか。
健常者の理屈に合わせて骨身を削り続けることが正しいのか。
これもまた引き算の発想。
障害者には障害者なりの働き方があって然るべき。
これこそが足し算の発想だと思います。

実現のためには、健常者の厚意に甘えているうちはだめです。
それは所詮、健常者の理屈でしか与えられないからです。
自らができることを考え、自ら動くことこそが重要なのです。
もちろん、一人で頑張れという意味ではありません。
仲間が居て良いのです。
それこそ、障害の有無に関係なく、目的を同じとする人が力を合わせれば良いのですから。

就業支援センターの方でも考えるところがあるようです。
確かに、起業して働く人数分の収入を得ることは至難の業です。
でも、今回は正社員にこだわっている訳ではありません。
障害者年金だけでは賄えない部分だけ補えば良いと考えれば、働き方の選択肢はうんと増えます。
ならば、複数の仕事を掛け持ちしても良いのです。
「自分のやりたい仕事」と「生活費を稼ぐための仕事」。
もし事業が軌道に乗れば、前者のウエイトを徐々に大きくしていけば良いと。

40歳を過ぎ、ハローワークでの求職活動はより一層厳しくなってまいりました。
でも40歳という数字は果たして不利なだけなのか。
20年近い社会経験を重ねて来た今だからこそ、こういうことを考えられるようになってきたのではないか。
むしろ、これからがチャンスなのではないかと就業支援センターで言われました。
目から鱗です。
その発想はなかった!

今まではハロワに通う都度、求人票5枚を持って帰るように言われていましたが、次回からは、これぞと思う求人があった時だけ連絡して面談を持つように変わりました。
もしかすると、一歩前進したってことなのかも。
考えなきゃいけないことは、まだまだたくさんあるようです。(`・ω・′)

テーマ : 広汎性発達障害
ジャンル : 心と身体

プロフィール

かずや(京ヤワ)

Author:かずや(京ヤワ)
河津屋京柔/かずや(京ヤワ)は、京都府下在住の東方好きなMacユーザーです。
昔は電車小僧。今は鉄道おじさん。多分この先も?
発達障害の一つ、ASD(自閉症スペクトラム)であることを知ったのは、40歳手前のことでした。
開き直るほどタフじゃないけど、生きるのが随分と楽になりました。
毎週日曜日にキリスト教会に通う程度には信心深いようです。
ちまちまとパソコンでお絵描きしたりしていますが、最近は寡作気味です。

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