絵を描くということ


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メディスン・メランコリー
「お人形みたい? 何を言ってるの? 私はれっきとした人形よ!」


鈴蘭の毒をたっぷりと浴びた人形が妖怪に化けた訳なのですが、まあ、可愛い子には毒気があると申しますし…。(゜∀゜)☆\(--; バキ

そもそも、あんな可愛らしい花を咲かせる鈴蘭が毒持ちというのが一番のミステリー。
嘔吐、頭痛、眩暈、心不全、血圧低下、心臓麻痺などの症状をもたらすそうです。
福寿草も、おめでたそうな名とは裏腹に、これまた毒草。
嘔吐、呼吸困難、心臓麻痺などを引き起こします。

でも毒と薬は紙一重。
福寿草もまた、使い方によっては強心剤にもなります。
他に良い薬がいくらでもあるので、決してお薦めしませんが…。
素人判断が一番危険。
薬は医師の指導に基づき、正しく服用しましょう。(゚Д゚)ノ


     * * *


羅部くんが言いました。
「どうして、いつも女の子ばかり描くのですか! 毎日女の子ばかり見ていて飽きないですか!?」
やっぱ、あれですかね。
強い常習性のある薬物なのかも(笑)

人間には可愛いものを愛するという本能が備わっています。
たとえば赤ちゃんは親から可愛いと認識されることで、親の加護を受けられる訳です。
これは人類がその命をリレーしていくために大変重要な能力と言えましょう。
なので、可愛いものを見たい、作りたいというのは、しごく当然の欲求と言えましょう。

ところが彼はなおも食い下がります。
「怪獣を好きな人だっているはずです! なのに、どうして女の子ばかり描くのですか!?」
まあ、人の好みはそれぞれですからね。
かく言う僕自身、グロい絵も嫌いじゃないです。
でも、これってご飯なら毎食食べられるけど、毎食ステーキだと流石にキツいというような類いの話だと思うのですが。。。

どなたか、彼を納得させられるような「素敵な回答」をお願いいたします。( ;∀;) ウルル…


     * * *


とあるサロンでYさんが言いました。
「どうして、いつも女の子ばかり描いてるんだい? 他にも色々描いたらさ、それで儲けることだってできるだろうにさ。」

普段、キャラクター絵ばかり描いてるので、逆に拒絶反応を示されることも少なくありません。
実際のところ、昔お仕事の一環で携わっていた描画活動の世界では、キャラクター絵は「概念画」のひとつとして忌避すべきものと扱う傾向がありました。
そりゃ、保育園の絵画展に○ッキーマウスとか登場した日には、○ィズニーから著作権料の請求が来たりしますからね(笑)

冗談はさておきまして、幼児期の子どもは言葉によるコミュニケーションがまだ十分に獲得できていないことから、描画などの方法を併用してコミュニケーションをとります。
年齢を重ねるにつれて、今度は描くことを通して外の世界に目を向けるようになります。
描写が記号として概念化されることは、そのどちらにおいても成長に好ましくない影響を与えると考えられているからです。

僕のホームページには、過去の恥ずかしい作品がたんまりと残っています。
こちらは著作権問題を回避する目的もあって、キャラクター物は一切扱っていません。
せっかくなので、こちらをお見せしました。
「こんな絵も描けるんだ! こっちの方が面白いじゃないか。なんでもっと描かないんだい?」
こういう反応も今回に始まったことではありません。
技術的に未熟な代わりに、のびのび描いていたというのも事実です。
今はむしろ1枚仕上げるのも重労働という感じです。
では、今は自分で自分に縛りをかけてしまっているということなのでしょうか。

僕はこう考えます。
描くことでの心地よさを求めた結果に過ぎないと。
そもそも誰かに売るつもりで描いている訳じゃありませんし、趣味なら趣味で全然構わないと思うのです。

せっかく絵を描けるのに勿体ないとも言われます。
でも、絵を描くことと、絵を売ることは、まったく別の行為だと思います。
絵を買って頂こうと思えば、それはお金を支払う側の立場で描かねばならないということです。
相性と申しましょうか。
相性がぴたりと合えば、すんなり絵を受け取って頂くこともできましょう。
でも、それはむしろ稀です。

以前、とある冊子を作る仕事を受けたことがありまして、それは別の人が作った冊子と同じ内容のものを作ってほしいという依頼でした。
クライエントの中には既に完成されたイメージがあるのですが、それを叶えれば当然著作権問題に発展します。
本来なら、その"別の人"にお願いすれば済む話なのに、そこは"おとなの事情"というやつらしく…。
イラストに関しては制作料を頂かない代わりに、制作者におまかせということでスタートしました。
そして最初の校正で、イラストの"総替え"を命じられました。

確かに、僕の絵は決して誇れるレベルのものとは思いません。
だからこそ制作料を頂かないという条件を飲んだのです。
でも、クライエントが期待していたのは、あくまでも"同じもの"だったのです。
プロなら一から全部描き直すところでしょうが、所詮は素人です。
"同じもの"に見えるように手直しして、ようやくOKを頂きました。

実際に絵を描いて生活している人の話を聞けば、こういうことは全然珍しくないそうです。
簡単な話です。
クライエントの欲しがるものが作れねば、依頼に失敗したことなるのですから。
クライエントの価値観を巧みに引き出す能力、もしくはクライエントの価値観を修正させるだけの技量がなければ、決して続かない商売。
実は、一番コミュニケーション能力を必要とする仕事に他ならないのです。

同じ価値観を持つ仲間を探すのも手でしょう。
でも、それは決して商売とはなり得ません。
コミケをはじめとする同人誌即売会がブームになっていますが、それでも「良くて収支トントン」という出店者が多いのだそうです。
決して廉売している訳ではありません。
同じ趣味を持つ仲間が集まっています。
それでも、生活を支えるまでには至らないのです。

なぜ描くのか。
それは、お金が目的ではないからです。
ひとつは自己満足かもしれません。
同じ趣味を持つ者と出会える喜びもありましょう。
友となり、同志となり、中には商売のパートナーとなる人も現れましょうが、やはり人を求めているのです。

絵を通して会話ができる相手がいることは幸福です。
まさに生きている証です。
実は、お金では買えないもっと大切なものを手に入れているのかもしれません。

では、描くことを仕事にしてはいけないのか。
これもまた「NO」です。
描くことだけで売り込むには確かに無理がありましょう。
でも、付加価値として他の仕事に付け加えることができます。
たとえば、A4サイズの通信物ひとつ作るのでも、ただ文字だけが並んでいるものと、内容とマッチングしたカットが添えられているものと、どちらが喜ばれるでしょうか。
こうして考えていけば、人が持つ能力に無駄なものなど一つもないのです。

こういう話を経て、Yさんから文章の挿絵を描いてみないかと誘われました。
挿絵は主役であってはなりません。
ただの脇役であれば使い捨てにされるだけです。
主人公を引き立てるための名脇役でならねばなりません。
もちろんYさんの持つイメージと合致するかどうかは実際に描いてみないと分りませんし、Yさんもそのことを踏まえた上でのお話となります。
実際に出版まで漕ぎ着けるかどうかも怪しいのですが、挑戦してみたいと思える面白い作業です。
良いお話を頂けたと思います。

結局のところ、これからもまたキャラクター絵を描き続けることと思います。
もちろん趣味の範囲内で。
自分にとって心地が良いから。
自分の腕を試せるから。
そして、趣味を共有する仲間と出会えるから。

テーマ : 広汎性発達障害
ジャンル : 心と身体

プロフィール

かずや(京ヤワ)

Author:かずや(京ヤワ)
河津屋京柔/かずや(京ヤワ)は、京都府下在住の東方好きなMacユーザーです。
昔は電車小僧。今は鉄道おじさん。多分この先も?
発達障害の一つ、ASD(自閉症スペクトラム)であることを知ったのは、40歳手前のことでした。
開き直るほどタフじゃないけど、生きるのが随分と楽になりました。
毎週日曜日にキリスト教会に通う程度には信心深いようです。
ちまちまとパソコンでお絵描きしたりしていますが、最近は寡作気味です。

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