イベントの在り方について考えてみた


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レミリア・スカーレット
「由緒正しき悪魔の血筋である我らが、なぜクリスティ・ナタリスなど…。」


魔理沙「ラテン語だな。フランス語だとノエルだな。」
レミリア「なぜお前がここに居る?」
霊夢「あんただって、うちの神社の宴会によく混ざってるじゃない。」
レミリア「ちょっと待て。なぜ神道の巫女まで混ざってる?」
早苗「現代日本では、年末恒例のイベントみたいなものですから。」
レミリア「いいのか? お前も巫女じゃないのか?」
早苗「いいえ、現人神です♪」
魔理沙「どっちもどっちだな。」
霊夢「どうでもいいわ。」
レミリア「………。」



レミリア・スカーレット。
運命を操る程度の能力。
配牌やツモ牌を操ることも可能かも。
麻雀には絶対寄せてもらえないであろう運命の持ち主。ヘ(_ヘ)☆\(--; バキ

先日のフランドールを描いてる時に何度もレミリアになりかけたので、レイヤーマジックでレミリアも仕上げてみました。(゚Д゚)ノ


   * * *


とうがらし通信の発送準備が残っていたので、10日(月)にもう一度お手伝い。
今日13日(木)は、ハローワーク伏見で失業認定&求人閲覧。
師走と呼ばれるだけあって、僕みたいな人間でも忙しくなるようです。

ハローワークからの帰り道。
バイクで国道1号線を南下中、突然事件は起こりました。
木津川を渡り八幡市内に入った頃からハンドルが震え出し、ついには制御不能に。
安全な場所に止めて前輪を調べると、フロントサスペンションからオイルがボトボトと…。

ここのところ朝露や霜が降りている日が多かったので、てっきり水のこぼれだと思っていた路面の染みが、実はバイクから漏れているオイルだったという衝撃の事実。
いよいよ寿命なのかな…、と気分も重くバイク屋まで転がしていきました。

ところが、いざバイク屋に着いてみると「パンクやな」の一言。
単純にタイヤの空気が抜けていただけでした。
つまり、あれですね。
冷蔵庫が壊れたと大騒ぎしてたら、実はコンセントが緩んでいただけだった的な。(*ノωノ)

フロントサスペンションからのオイル漏れの方は、オイルシールが古くなって破れているだけとのこと。
新しいオイルシールを取り寄せないといけないので、修理は今度の火曜日あたりになりそうです。
とりあえずタイヤの空気を込め直して応急修理完了。
あまりにも間抜けな話に、逃げるようにして帰ってきました。(´;ω;`)

八幡市内まで無事に戻ってきていたことや、昼間だったことや、大事に至らなかったことや、どちらかと言えば幸運だったと言えましょうが、とにかく疲れました。
肉体的にも精神的にも...orz
あ、代金払ってないや。
今度、もう一度修理に行かないといけないので、その時に込みということで…。

あ、あと空気圧のチェックと充填ができる場所、探しておかなきゃ。(*ノωノ)


   * * *


ここからが本日のお題です。
年末を迎え、ただでさえ多忙気味な中、各所でイベントが勃発する季節となりました。
腐ってもクリスチャンなので、クリスマスは嫌いではありません。
むしろ大好きです。
なので、クリスマス撲滅運動に加わるつもりは微塵もありません。

でもクリスマス「会」となると、話は別です。
宗教的意味合いは皆無ですから、無理に参加する必要はありません。
そもそもイベント嫌いな僕にとっては、もはや憂鬱な時間でしかありません。

福祉施設で職員として働いていた経験もあり、現在は利用者でもあります。
職員の立場だった時には、イベントに溶け込めずに逃げてしまったり、無理に頑張ってしんどい思いをしている人の姿がどうしても気になりました。
違和感を覚えつつも施設の方針に逆らうつもりもなく、その場しのぎのフォローや無理強いを繰り返していたように思います。
職員会議で率直な思いを投げかけてみても、逆に「怠け者」のレッテルを貼られる始末。
そして、自分が利用者の立場になった時、改めて感じました。
ああ、もともと自分自身がイベントを楽しめない人間だったんだなって。

まあ、イベントを盛り上げようと準備を進めている人にとっては、僕は間違いなく鬱陶しい存在です。
だから、そのことで企画者を責めようとか、イベントの存在意義を問うとか、そういうことは一切考えていないです。
今は幸い、参加しない自由もある身分なのですから。
邪魔にならぬよう、身を引くなり、何かしら理由を作って姿を消すなり、それなりの配慮ができるぐらいには気をつかっているつもりです。

こうして一歩下がってみると、ふと素朴な疑問に至るのですね。
果たして、みんなは本当にイベントをやりたがっているのかなって。
予め決まっていたことだから、もしくは形の見える活動実績を残したいから、そういう「おとなの事情」で自分たちを追い込んでいるだけなのじゃないかなって。

非日常の行事は、単調な毎日に適度な刺激となります。
これを目標にして、日々の生活を頑張れる人も居ることでしょう。
だから、それらを全て否定するつもりは一切ありません。
皆の楽しみを自分の勝手で奪うような真似はしたくないですから。

でも、自分の身の置き所がつかめないことに非常に不安を感じる身にとって、非日常の行事は恐怖の対象でしかありません。
そして、この苦痛を周囲の人に理解してもらえないことで、二重に苦しむことになります。
イベントが利用者のために催されるとするものならば、その利用者の中に僕は含まれているのでしょうか。

精神障害は形あるものとして見えない障害だけに、支援も難しいし、結果が形として見えることも少ないので、どうしても「見える形」での支援に流れそうになります。
対外的に成果をアピールする上でも、可視化できる方が都合が良いですし。
でも、もし障害を持つ人を対象としている施設が、その障害の存在を無視するような支援を続けるならば、それは果たして利用者本位の施設と呼べるのでしょうか。

障害を持たない人にとっては、我がままとしか見えないこともありましょう。
でも、それは体験したことがある身でなければ理解できないもの。
だから、僕たちは声を出して訴え続けるしかありません。
健常者と障害者を明確に分けようとする社会が存在し続けるのであれば、その溝は対話でしか埋めることができないのですから。

誰も我がままは望んでいません。
苦痛であることを知ってほしい。
可能ならば、その苦痛を和らげてほしい。
ただそれだけです。

もちろん、お互いがお互いの幸福を最大限に尊重し合うというのが大前提。
誰かを犠牲にして成り立つような幸福はあってはならないし、決して長続きはしないでしょう。
この世に「無償の愛情」は存在しません。
お互いが幸福になれるからこそ、人は愛情を注ぐことができるのではないでしょうか。


   * * *


20121125_1.jpg
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フランドール・スカーレット
「お姉さま…。これは一体…。」


魔理沙「よっ! 邪魔してるぜ☆」
レミリア「だから誰も招待…」
早苗「常識に囚われてはいけないのですね!」
レミリア「ちょっとは自制というものをね…」
霊夢「…あんたが言うか。」



パチュリー「うふふ。貴女の能力を使えば『クリスマスパーティーを開かない運命』に変えることだってできたのにねぇ。」
レミリア「ふん。私だってそこまで無粋な真似はしないわ。」

テーマ : 広汎性発達障害
ジャンル : 心と身体

プロフィール

かずや(京ヤワ)

Author:かずや(京ヤワ)
河津屋京柔/かずや(京ヤワ)は、京都府下在住の東方好きなMacユーザーです。
昔は電車小僧。今は鉄道おじさん。多分この先も?
発達障害の一つ、ASD(自閉症スペクトラム)であることを知ったのは、40歳手前のことでした。
開き直るほどタフじゃないけど、生きるのが随分と楽になりました。
毎週日曜日にキリスト教会に通う程度には信心深いようです。
ちまちまとパソコンでお絵描きしたりしていますが、最近は寡作気味です。

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