本を開くと自分が居た


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橙「2月22日は猫の日です~♪」

二日遅れだけど気にしちゃ負けです。(゜∀゜)☆\(--; バキ

マイミクさんが先月頒布したイラスト集に、ゲスト投稿させて頂きました。
フルカラーのオフセット印刷という晴れ舞台!
こんな下手っぴぃにまで声をかけてくださるなんて、ただただ感謝です。(´;ω;`)ブワッ


     * * *


先日、書店で「鉄道ピクトリアル」の最新号を見つけて、早速パラパラと中身を確認してみましたら、そこに自分が居ました。
趣味誌とは言え、日本全国で買える雑誌です。
その中に自分が居ました。
大事なことなので二度言いました。

以下、ネタばらし。
時は1987年5月24日、よく晴れた日曜日の朝のことです。
同じ趣味を共有する人としては重大な出来事だけに、ちょいと調べれば簡単に日付も分かります。
それまで鴨川と疎水の間の築堤の上を走っていた京阪電車が、地下新線に切り替わった日です。

工事区間は、JR東海道本線のアンダーパス部から三条駅まで。
深夜から始まった切り替え工事は朝まで続き、当日は始発から伏見稲荷駅で折り返し運転となりました。
伏見稲荷駅に渡り線はないのですが、一つ手前の深草駅にある渡り線を利用して、同区間は京都方面行き線路のみを使用した単線扱いとしていました。

伏見稲荷駅から代行バスに乗せられ師団街道を北上。
事前に予定されていたこともあり、案内放送は当時一般的だったテープ再生でした。
疎水を暗渠化して誕生した新川端通りはまだありませんでしたから、七条大橋から一旦鴨川を渡り河原町通りを北上。
四条大橋でもう一度鴨川を渡ったところでバスを降りました。
そこからは見物のため歩きましたが、代行バスは祇園から東山三条を回り三条京阪へ向かっていたと思います。

この日も通常運行の京津線電車を眺めてから、この日オープンした三条駅の地下新駅へ。
帰りの切符を購入して、開業一番電車の出る2番線ホームに降りますと、向かいの3番線に祝賀電車(3001F)が停まっていました。
3番線ホームは、祝賀会が終わるまで関係者以外立ち入り禁止となっていたように記憶しています。
なので、一般人が祝賀電車をカメラに収めようと思えば、どうしても反対側のホームからの撮影となります。
何気に写真を撮って祝賀電車を見送った後、入れ替わりに入って来た一番電車(6011F)の車中の人となり、地下新線を堪能した後、多くの工事関係者に見守られる中を切り替え地点を徐行運転で無事通過し、その後はサクサクと通常運転で樟葉駅まで戻ってまいりました。

翌日、朝日新聞(大阪本社)の朝刊に掲載された写真を見てびっくり。
祝賀電車の向こうに、自分の姿があるじゃありませんか。
反対側のホームでカメラを構えていたので、ちょうど写り込んだらしいのです。
まあ、写真の粗い画像なので、顔の判別まではできませんでしたが、出で立ちは当日の自分そのものです。
面白いので、切り取って保存していたのですが、その後散逸して行方知れずになってしまいました。

あれから25年。
当時、看板娘だった旧3000系電車(現8030系電車)も、ついにラストランの日が近づいてまいりました。
そうなれば趣味誌にも当然のように登場する訳で、過去の栄光の姿を辿れば当然の成り行きであの日に辿り着く訳で、ひとつ予想外だったのが、あの日の新聞記事が誌面に掲載されていたことでしょうか。
まったく予想外の形で、25年前の自分に遭遇することと相成りました。

その雑誌ですか?
当然買いましたよ。
もともとJR101系電車の特集号だったので。
知る人ぞ知る103系電車愛好家ですが、101系電車も深く愛しています。
本当だよ。嘘じゃないよ。
101系電車の魅力を小一時間語れる自信があります。(`・ω・′)キリッ


     * * *


101系電車と言えば、朱1号塗色。
オレンジバーミリオン。
つまりは橙色。

こんなところで、まさかの「橙」繋がり!? ガ━━Σ(゚Д゚;)━━ン!!

テーマ : 鉄道
ジャンル : 趣味・実用

プロフィール

かずや(京ヤワ)

Author:かずや(京ヤワ)
河津屋京柔/かずや(京ヤワ)は、京都府下在住の東方好きなMacユーザーです。
昔は電車小僧。今は鉄道おじさん。多分この先も?
広汎性発達障害があることを知ったのは、40歳手前のことでした。
開き直るほどタフじゃないけど、生きるのが随分と楽になりました。
毎週日曜日にキリスト教会に通う程度には信心深いようです。
ちまちまとパソコンでお絵描きしたりしていますが、最近は寡作気味です。

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