市役所ロビーでの販売活動を通して



昨夜はバタンキューで朝まで12時間ばかり寝てたひとです。
ここのところ張り切りすぎたから?
別に走り回っている訳でもなく、転がり込んでくる話を粛々と消化していただけですよ?
何事もタイミングが重要です。
焦りは禁物ですが、石橋を叩いているうちに流れてしまっても悲しいものがあります。

ちなみにMacBookの輝度ムラは相変わらずです。
やはり液晶ディスプレイのバックライトを制御するインバータの寿命…という仮説が濃厚なのか。
MacBookの付属キットにあった「Apple Hardware Test」を引っ張り出してきて、1時間ばかり時間をかけて診断してもらったのですが、結果は"異常なし"。
でも、これは持ち込み修理の際の「簡易テスト」と同じ精度らしいので、人間で言うところ「定期健康診断」みたいなものでしょうか。
そういえば、長らくバリウム飲んでないなぁ。
ストロベリー味とヨーグルト味を試飲できたので、次のフレイバーを密かに期待していたのですが。(゜゜)☆\(ーー;バキッ

それで昨日の話です。
いつものように、近鉄京都線小倉駅の近くにあります精神障害者向けの地域活動支援センター「ほっとハウス」へ。
井戸端会議があるだろうと思っていたら、その日になって市役所でのロビー販売とカチ合っていることが判明して、日程を移動できる方を動かした結果、急遽ロビー販売に出かけることになりました。
本来であればメンバーさん(ほっとハウスでは施設利用者のことをこう呼んでいます)が参加するのがベストなのですが、"仕事をしないことが仕事"がモットーのほっとハウスですから、いつもの如く留守番志願者が圧倒的多数。
あらゆるコネを駆使して物品を売り捌く猛者…もといベテラン売り子さんが一人名乗りを上げたのですが、この日は朝から薬を飲み間違えたらしく、とてもお願いできるような状態ではなかったので、大事をとってお断りしました。

僕はと言えば、過去に一度だけ参加して対人恐怖症を再認識させられて以来、ロビー販売には参加していませんでした。
ですが、先週からスイッチが入りっぱなしの人です。
ここで辞退するなんて選択肢は最初から存在しません(笑)
喜び勇んで担当の職員さんと一緒に宇治市役所へ向かいました。

販売時間は、正午前から午後1時すぎまでの一時間半ほど。
各施設が持ち回りでやっていますから、同時に出店する施設はありません。
畑で収穫した芥子菜と山芋が全部売れましたから、ロビー販売としては上出来です。
もともと販売で売り上げを出すことが目的ではなく、障害者の存在を一般の方々にアピールすることが目的ですから。

販売中、ふと考えたのです。
今回、お店に立っているのは、職員さんと僕の二人だけです。
ただでさえ、職員に間違われることがある人です。
通りすがりの方にとっては、職員二人が並んでいたようにしか見えなかったのではないかと。
販売が目的ならそれでも良いのですが、障害者の存在をアピールする上では失敗です。
いくら案内チラシを配布しているとは言え、これでは、ただお金を稼ぎに来ただけに終わってしまいます。

でも障害者は決して見せ物ではありません。
目立てば良いというものでもありませんし、それでは偏見を助長させることにも繋がります。
ありのままの自然体で、なおかつ障害の存在を知ってもらうにはどうすれば良いか。
お金を受け取ったのに芥子菜を渡すのを忘れ、あやうく二重売りしそうになって慌てる場面がありました。
お叱りこそ受けませんでしたが、違和感は感じられたと思います。
でもその違和感が、果たして障害によるものだと考えが繋がる人が一体どれだけ居られるのか。
発達障害に限らず、これは精神障害の当事者としては共通の悩みです。
障害が外見から見えないことの苦しみです。

この体験を宿題として持ち帰り、自分なりに何か良い方法はないものかと思案してみました。
その結果が、冒頭に掲げたカードのサンプルです。
このカードは、55mm×91mmの寸法で作っています。
一般的な名刺のサイズなので、名刺サイズの名札フォルダーを使えば、簡単に装着することができます。
健常者という表記にバッテンマークを付けることで、「健常者に見間違われる苦しみ」と「障害の特性を理解してもらえない苦しみ」の二つの意味を重ね合わせています。

これを日常的に付けて街を歩こうなんてことは考えていません。
特別に優遇されたい訳でもありませんし、ラベリングするという行為そのものにも反対です。
これは意識のある人が集まっている場で、話のきっかけとして使うものです。
先述の違和感をただの違和感として終わらせず、障害について話し合うきっかけになるように。
実はお互いに気付いていないだけの当事者同士が、お互いに手を取り合うきっかけになるように。
そして、この障害についての理解が社会全般に広がるきっかけとなるように。

僕たちの目的は、この名札を日常的に付ける社会ではありません。
こんな名札を使わなくても、障害の有無に関わらず、あらゆる人が対等に話し合い、配慮し合えることができる社会です。
名札一枚で何かが変わるとは思いません。
でも、変化の取っ掛かりとなるならば、やってみて損はないのかなと考えているところです。


     * * *


以下、昨日急遽延期になった井戸端会議の中で1分ばかり時間を頂戴してアピールするつもりだった中身です。
せっかく延期になったことですし、会議に出席しない人も少なくないですから、文書にまとめてみることにしました。

「わたしたちの宿題」
〜障害者権利条約についての学習会の報告に代えて〜


先日のSさん(※)からの呼びかけに応じて、Sさん、Nさん(※)、Tさん(※)と僕(※)の4名で、2月8日に京都市堀川今出川の西陣織会館で開催されました「共に安心して暮らせる京都デザインフォーラム」に出席してまいりました。
フォーラムの内容は、この2月から日本でも実際に効力が発生することになった「障害者権利条約」についての学習会でした。
そこで早速この時の学びを皆さんにも報告しよう…と思いましたが、やめました。
と言うのは、この4時間近いボリュームを短い時間で伝えるのは無理だし、意味のないことだと考えたからです。

代わりに一つだけ、実際にやってみてほしいことがあるのです。
小難しい話を一方的に長々と聞き続けるよりも、その方がずっと中身を理解しやすいし、「障害者権利条約」そのものを実体験できると思うからです。

今度のフォーラムに出席してみて僕自身が率直に感じたことは、これだけの長い時間をじっと黙って話を聞き続けることは、精神障害の当事者にとってこれほど酷なことはないのではないかということです。
じっとしていると妄想が止まらなくなる方も居られますし、鬱状態が悪化する方も居られましょう。
躁状態でじっとしていること自体が難しい方も居られますし、溢れ出す感情を長時間押し込めなければならないというのは、僕たちにとっては拷問にも等しいことだと思います。
では、精神障害に対する配慮が皆無なのかと言えば、決してそんなことはありません。
身体や知的、もちろん精神の障害に対しても配慮した結果、現状で一番ベターだと思える方法を採ったに過ぎません。
これがベストだとは誰も考えていません。

では一体なにが足りなかったのか。
それは、精神障害の当事者として、具体的な「合理的配慮」を提案することができなかったからです。
一体どうすれば、長時間の苦痛を味わうことなく、話を聞いたり、自分の思いを話したりできるのか。
それは、身体や知的の障害を持っている人たち、ましてや他人事だと考えている健常者に任せているだけでは、いつまで待っても解決しません。
僕たちが自分の言葉で、いまどんな配慮を必要としているのかを具体的に提示していかないことには、何も解決しないのです。

たとえば、今のこの井戸端会議。
最初から参加する気がない人も居れば、途中で我慢出来なくなって場を乱す人も居ます。
それは、その人だけの責任なのでしょうか。
これまでの人生経験の中で、このような話し合いに参加するだけ無駄だと感じるような出来事があったのかもしれません。
何よりも、他の人の話を黙って聞くことそのものが苦痛なのではないでしょうか。

では他人任せにしておけば良いのか。
今はそれでも構わないのでしょう。
でも本当にそれで良いのでしょうか。
ほっとハウスが存続の危機に立たされていることはご存知の通りです。
行政にお金が無いのは事実なのでしょう。
お金そのものが無い訳ではありません。
行政が「健常者の立場で」必要なことにお金を回すから、「障害者に回すお金」が無いのです。
自分にとって必要なものを大事にするのは、悲しいかな人間の性(さが)です。
だから他人任せにしていてはいけません。
自分にとって必要なことは、自分自身で声を出していかねばならないのです。

そこでみなさんに考えてもらいたい、たったひとつのこと。
どうすれば「みんなにとって心地よく」「みんなの考えを共有する」ことができるかです。
それは、このような会議という方法である必要はありません。
これは健常者のやり方なのです。
僕らには僕らのやり方があって良いはずなのです。

いきなりこういうことを言われても、何も思いつかないというのは当然のことです。
だから、今すぐ何かを言わなきゃいけないものではありません。
何もないところから引っ張り出す必要もありません。
これまでの人生経験の中で体験したことを思い出してほしいのです。
何かの拍子に思い出した時にでも、手元のメモなどに書き留めてもらえれば十分です。

「自分が困っていた時、こういう配慮をしてもらったら、とても助かった。」

具体的に種まきして育てるのは、皆でやっていけば良いのです。
まずはその種を提供してほしいのです。
直接「話し合い」に関係することでなくても構いません。
どんな配慮の方法があるのか、一つでも多くのアイディアを出し合うことができれば幸いです。
こういう体験こそが「障害者権利条約」の実践だと僕は考えています。

【井戸端会議用文書についての補足】
○「※」の箇所には実名が入ります。
○これは精神障害の当事者に向けて書いた文書ですので、
 広く一般の方に読んでもらうようには書いていません。
 他の障害や、いわゆる健常者と呼ばれる方々を区別したり、
 非難や中傷もしくは一方的な要求等をするものではありません。

テーマ : 広汎性発達障害
ジャンル : 心と身体

プロフィール

かずや(京ヤワ)

Author:かずや(京ヤワ)
河津屋京柔/かずや(京ヤワ)は、京都府下在住の東方好きなMacユーザーです。
昔は電車小僧。今は鉄道おじさん。多分この先も?
発達障害の一つ、ASD(自閉症スペクトラム)であることを知ったのは、40歳手前のことでした。
開き直るほどタフじゃないけど、生きるのが随分と楽になりました。
毎週日曜日にキリスト教会に通う程度には信心深いようです。
ちまちまとパソコンでお絵描きしたりしていますが、最近は寡作気味です。

FC2カウンター
カテゴリ
最新記事
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク