種を蒔いたら嵐が来た


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種蒔きをしても、そう簡単に芽が出るとは思いませんし、収穫など夢のまた夢。
やるべきことはやりましたし、しばらくは様子見するしかない訳なのですが…。
…先程から重くのしかかる、この徒労感は一体どこから来ているのでしょうか。(´;ω;`)

今日の午前中、予定通り井戸端会議が開かれました。
事前の打ち合わせ通り、1分間だけ時間を頂戴して障害者権利条約に関するアピールをさせて頂きました。
ひとつ前の記事に載せていた文書については、掲示板に貼って後から読んでもらう形にしました。
あれでも、まだ難しすぎるからと考えたからです。
口頭でのアピールは、「合理的配慮」の説明だけに絞ることにしました。

僕はサンマが食べられない人です。
だからと言って、ハンバーグを出すように要求すれば、ただの「我が侭」です。
サンマを食べないという選択をしたことについて、それを周囲から責めないでほしいのです。
もしくは、冷蔵庫にチリメンジャコが残っているのを見つけたら、それを代わりに食べることを許してほしい。
それが「合理的配慮」です。

自分がいくら困っていても、周囲の人はどう助ければ良いのか分かりません。
困ったことがない人にとっては、困っていることが「わからない」のです。
なので、助けてくれるのを待っているだけではいけません。
どのように助ければよいか、教えられる人になる必要があります。
障害者権利条約が大事にしているのは、こういうことです。


一緒に学習会に参加した仲間やスタッフさんたちには事前に文書に目を通してもらい、言葉が足りないようなら補ってもらうようにお願いしました。
いずれも合格点を頂けたようで、ダメ出し等もなく、アピールは無事に終わりました。
アピールは成功だったはずです。
…関係者以外の反応が皆無に等しかったことを除けば。

もちろん、いきなり言われて、すんなり行動に移せるような人間なんて、そうそう居ないです。
反発がなかっただけでも上出来と言えましょう。
確かにアピールそのものに対する反発はありませんでした。
実は、他のことに関心が集まっていたからにすぎないのです。

     * * *

ほっとハウスは、もともと憩いの場として開設した場所ですから、作業がない代わりに工賃も発生しません。
ところが施設としての認可を受けた当時は、現在の障害者総合支援法下における地域活動支援センターという概念が存在しなかったため、共同作業所として認可を受けるために工賃の支払い義務が生じました。
作業をしないのですから、もちろん収入はありません。
そこで考案されたのが、毎日の昼食代や飲み物代の収益をプールし、工賃として再分配するというものでした。
最初は収益に応じて分配額も変わりましたが、後に事務の手間を省くために日額150円に固定しました。
これが今となって混乱の原因になってしまったのです。

障害者自立支援法の施行により、ほっとハウスは地域活動支援センターに移行しました。
この時点で工賃の支払い義務は消滅したのですが、一旦は"ほっと賃"として継続することになりました。
ところが昨年の秋頃に、代金入れに集められていた金額が実際に飲食した人数とまったく合わないというトラブルが発生し、これをきっかけに"ほっと賃"について見直すことになりました。
今までは"ほっと賃"を捻出するために、言わば余分に代金を徴収していた訳で、果たして続ける意義があるかどうかという話が、前回の井戸端会議からの継続審議となっていました。

もともと必要のないものでしたから"ほっと賃"は廃止した方が良いという意見が多数でしたが、"ほっと賃"を残して欲しいという人も居ます。
他の施設では、これだけの額が貰えないから…というのが理由なのですが、僕は妙な話だと思いました。
他の施設は作業収益から工賃を支払っているので、純粋に収入と言えましょう。
ところがこの施設では、ただお金の回しっこをしているだけなので、実質的な収入はゼロなのです。
果たしてこのことを理解しているのか。
本当はこんなことを疑うこと自体が失礼な話なのですが、残念ながら現実なのです。

財布の中身の管理ができていなくて、お金が足りなくなると「盗まれた!」と騒ぐ人も居ます。
特定の人ばかりに続くので、(本当は良くないことなのですが)朝の時点で家から持って来た額をスタッフさんに確認してもらうことを続けたところ、朝はなかったはずのお金を「盗まれた」と言っていることが判明したのです。
一度ぐらいなら誰しも勘違いということで済むのですが、これが被害妄想と重なって日常的に繰り返される訳ですから、特にご家族は毎日大変な思いをされているのではないかと思います。
騒ぐ本人の責任だと切り捨てたところで何の解決にもなりません。
財布の管理を他の人に委ねるという方法もあるのですが、できれば最後の手段として残しておきたいというのは、ご本人も含めてそうなのだと思います。

司会役のTさんは、できればスタッフが上から押さえつけるということはしたくないという方針の所長さんなので、やはり当事者同士の話し合いで解決するのがベストです。
僕も当事者の端くれですし、このお金のマジックの説明に挑戦してみることにしました。
つまりは、こういうことです。
"ほっと賃"として150円もらうために、本当はそれまでに150円払っているのだと。
"ほっと賃"の150円をもらうために、ほっとハウスに来るだけでも150円払うことになってもいいのかって。

そしたらね、今度は別のところに飛び火したのですよ。
突然、別の利用者から「お金がない人からもお金を取るの!?」と驚きの声が上がったのです。
たとえ話をしただけで、そんな提案をした覚えはないのですが。
そもそも、なぜ僕に噛み付く? (´;ω;`)ブワッ

それからが大変。
片や毎日150円払ってもいいから"ほっと賃"が欲しいと言いますし、片やお金が払えない人は来ちゃいけないのかって恨み言を言いますし、そもそも双方の利害が対立しているだけなんだから二人の間で解決してくれればいいのに、なぜかそうはならない。
再度の継続審議ということで井戸端会議が終わっても、おひとりは何度もその話を蒸し返してきます。
「この人、お金の無い人は来るなって言ってる! なんでやの!」
だから、そんなこと言ってないんだってば! ヽ(`Д´)ノウワァァン!!
もしや僕の言い方が悪かったのかと後から周囲の人にも確認してみましたが、そんなことはなかったと言います。

結局のところ、考えが頭の中でまとめられないことと、記憶が持続しないことが繋がって、何度も何度も蒸し返すような発言に至るのだとTさんは教えてくれました。
教えてくれるのは良いのだけど…僕なら自分で切り抜けてくれるものと信じているのか…辛いやら、嬉しいやら、とっても複雑な気持ちです。
一応、僕も発達障害を抱えて、地域活動支援センターを利用している一人なんで…。
…そういえば、僕のこと「準スタッフ」って呼んでいた人も居たなぁ(苦笑)

「精神障害者=会話の通じないひと」なんてレッテルは貼ってほしくないのだけど、こういう場面に直面すると、どうしてもそういうイメージが植え付けられてしまうのだと痛感させられました。
前回の記事でも触れていましたけど、そもそも会議というスタイルこそが、一定のコミュニケーション能力を持っていることを前提にしているのだと思うのです。
そして、会議に参加できる人だけで話し合いを進めてしまうことの危うさも感じます。
これこそが、障害者権利条約が警鐘を鳴らしている現実なのですから。

会議に参加する資格うんぬんではなくて、もともと会議というスタイルが合わないのだと思うのです。
精神障害者をひとくくりに考えてしまうのではなくて、個々の事情に応じたアプローチの環境が整っていれば、無用なトラブルも起こらず、もっとスムーズに話が進められるのではないかと感じるのです。
もっと少人数のグループに分けての話し合いの方が良いのか?
コミュニケーションを仲立ちする人を介添えさせれば良いのか?
考えがまとめられやすいようにホワイトボード等で可視化させる工夫等…。
本当は、やれるべき「合理的配慮」は色々あるのかもしれません。
要は、それを意識して取り入れるかどうか。
まずは当事者同士の溝から埋めて行かなくてはならないようです。

かく言う僕自身も広汎性発達障害の持ち主です。
決して話し合いが上手な訳ではありませんし、やっぱり会議は苦手です。
今日は念入りに準備した上で覚悟して挑んだので被害は軽微でしたが…。
…きっと缶ビール2本を消費して長文記事1本で修繕出来る程度。(゜゜)☆\(ーー;バキッ
長々と書いているうちに、かなり気持ちが落ち着いてまいりました。
落ち着いて考えてみれば、今日もまた貴重な体験をさせて頂くことができました。
流石に感謝とまでは言いませんが…。(;´∀`)

今回もまた長文駄文にお付き合いさせてしまい、申し訳ありません。m(__)m

テーマ : 広汎性発達障害
ジャンル : 心と身体

プロフィール

かずや(京ヤワ)

Author:かずや(京ヤワ)
河津屋京柔/かずや(京ヤワ)は、京都府下在住の東方好きなMacユーザーです。
昔は電車小僧。今は鉄道おじさん。多分この先も?
発達障害の一つ、ASD(自閉症スペクトラム)であることを知ったのは、40歳手前のことでした。
開き直るほどタフじゃないけど、生きるのが随分と楽になりました。
毎週日曜日にキリスト教会に通う程度には信心深いようです。
ちまちまとパソコンでお絵描きしたりしていますが、最近は寡作気味です。

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