Happy Easter !



今日はイースター。
この国ではクリスマスばかりが有名ですが、クリスチャン的にはクリスマスと並ぶ重要な日であります。
クリスマスが「身体的な誕生日」であれば、イースターは「精神的な誕生日」と申せましょうか。
十字架刑に処されて死んだイエスが、復活した日とされています。

ただし、聖書をよくよく読んでみると「墓の中に納めたはずの遺体が消えていた」と記されており、実際に遺体が甦った瞬間を見た者は誰一人居ないということになります。
4福音書の中で最初に記された「マルコによる福音書」の本編とされている部分は、「イエスはガリラヤで待っている」と締めくくられています。
ガリラヤは、生前のイエスがホームグラウンド的に活動していた場所。
思い出を共有する人の心の中で「生き続ける」という表現は、決して珍しいものではありません。

言葉尻に躓いてしまい、本意を見失ってしまうことはよくある話。
思い込みや勝手な解釈だけで、すべてを理解したつもりになってしまうことの危うさ。
人間が完璧でない以上、自分にない視点や価値観を拒絶せず、柔軟に受け止めていくことが重要と言えましょう。
自戒の意を込めて…。

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うちの教会では、長らく聖餐式を行っていません。
聖餐式に対する考え方が人によって違う中、「すべての人が自由に参加できる」というのも、また一方的な押しつけなのではないかという考えがあるからです。
かと言って「認められた人」とそうでない人を区別するようなことも望んでいません。
年単位で話し合いを積み重ねてきましたが、これもまた永遠の課題なのかもしれません。

そもそも儀式主義になっていないか。
かつてイエスが、一つのパンを裂いて皆で分け合って食べたのは何故なのか。
分け隔てなく、皆の心が満たされることを一番に望んでいたはずです。
そこで、うちの教会では愛餐会を重んじることとしました。
形式に囚われることなく、皆で食卓を囲み食事を共にする。
今日は、皆で「ちらし寿司」を頂きました。

一つの寿司桶から分け合う。
時にはカレーになり、時には豚汁になります。
何を食べるかが重要なのではありません。
喜びを分け合うことこそが、一番の目的なのですから。

これが正解という意味ではありません。
私たちは未熟な存在。
死を迎える瞬間まで、人は成長を続けるのです。
これもまた証しの一つの形。

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イースター、おめでとうございます!

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テーマ : 聖書・キリスト教
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

かずや(京ヤワ)

Author:かずや(京ヤワ)
河津屋京柔/かずや(京ヤワ)は、京都府下在住の東方好きなMacユーザーです。
昔は電車小僧。今は鉄道おじさん。多分この先も?
発達障害の一つ、ASD(自閉症スペクトラム)であることを知ったのは、40歳手前のことでした。
開き直るほどタフじゃないけど、生きるのが随分と楽になりました。
毎週日曜日にキリスト教会に通う程度には信心深いようです。
ちまちまとパソコンでお絵描きしたりしていますが、最近は寡作気味です。

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