訪問看護3カ月

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先日、インターネット上に掲載されていた記事から、HSP…ハイリー・センシティブ・パーソン(Highly Sensitive Person)についての記述を見つけました。
とても興味深い内容だったので、まずはインターネット上に掲載されているテキストを読んで回りました。
いよいよ関心が深まってきたので、今度は実際に書籍を入手して読んでみました。
自身がHSPに該当するかどうかは分かりませんが、その内容は実に共感できるものでした。
読み進めるごとに、自分の中で未整理で取り残されていた様々な経験や思いが、どんどん整理されていくのを感じました。

僕はどうやら普通の人以上に周囲の物音などに敏感に反応してしまう人のようです。
幹線道路ですれ違う大型トラックが挨拶代わりにクラクションを鳴らす場面に遭遇しようものなら、心臓が止まるような思いをしたことは数知れず。
電車やバスに乗ろうとしますと、他に立ったり座ったりする場所がいくらでもあるにも関わらず、わざわざドアを塞ぐように立っている人に乗り降りを邪魔されます。
目の前でヒソヒソ喋りながらケラケラ笑う人なんかが居れば、いよいよ自分が馬鹿にされているような気分になります。
スマートフォン等が発するピコピコ音や、大音量のイヤホンから漏れ出るシャカシャカ音を鬱陶しく感じることも日常茶飯事。
車内をまるごとジャックしたかのような大声での会話や、泣いたり金切り声をあげたりする子ども等に遭遇することもあります。
仕方がないので降りる駅までひたすら辛抱しますが、こんなことが続くうちに電車やバスに乗ることそのものが苦痛になってきました。

ほっとハウスの中でも同じ。
耳元で大声を出されるのはもちろんのこと、他人を嘲って喜んでいる人の姿を見て、まるで自分が罵られたような気持ちになります。
台所横の勝手口から裏庭へ逃げ込むことも度々ありました。
周囲の人が発する好ましくない刺激…怒る・泣く・嘲る・支配する等の攻撃的な刺激…が僕の中にネガティブな感情を呼び起こします。
しかも、それがどこまでも付いて回るのです。
次にその場所を訪れようとすると、前回の記憶が生々しく蘇り、ドアを開けることすら恐怖になります。
一つまた一つと居場所は潰されていき、果たして自分の居場所は一体どこにあるのかと深い悲しみと憤りに暮れていました。

話は今年の春まで遡ります。
今から思えば、長年に渡って蓄積されてきた軋轢や無理が一挙に具現化した瞬間だったのかもしれません。
その日、母は2日に渡って不眠が続き、そして完全に歩けなくなったのです。
僕は真っ先に、母が30年に渡って飲み続けてきた統合失調症関連の薬を疑いました。
過去にほっとハウスでそういう事例を何度も見てきたからです。
父は精神科の薬を全部捨てるように言いました。
そんなことをすれば、離脱症状を引き起こして、さらに悲惨な結果を招くことでしょう。
やはり、ほっとハウスのメンバーさん(登録利用者)の方々の姿から、痛いまでに思い知らされているのです。

どうにか父を説き伏せて、その日のうちに母の通う精神科に赴き、眠剤を追加処方してもらいました。
その日を境に、母は確かに眠れるようになり、歩行も少しばかり回復しました。
ところが、今度は言葉での会話に不自由するようになりました。
そして容体は徐々に悪化し、再び歩行が困難になってきました。
目に見えて衰えていく母の様子を見て、父の不安と苛立ちは日に日に増していきました。
口調は厳しく乱暴になり、声を裏返して怒鳴るので、別の部屋に居ても声が響き渡ります。
その声が聞こえてくるたびに、内容は判らなくともネガティブな感情に支配されます。
僕自身もはや家の中に居ること自体が苦痛となりました。
しかし今の母を置いて家を出る訳にはいきません。
家で奮闘し、ほっとハウスで休息するという逆転生活に陥ってしまいました。

抑うつの診断を受けたのが2003年春、
抑うつの原因としてASD(自閉症スペクトラム)の診断を受けたのが2010年夏のことです。
発達障害の特性として感覚過敏や感覚鈍麻があることは、最近になって知りました。
どうやら自分は感覚過敏の傾向にあるらしく、そのためにストレスを抱えやすい体質であるらしい。
そのことを、どうにかテキスト化して具体的に相手に伝えることができるようにはなりました。
幸い、現在のほっとハウスの施設長さんは、感覚過敏について理解を示してくれる方です。
そのおかげで、2016年夏から別棟の一室を「静かに過ごしたい方のための部屋」として使わせて頂くことができるようになりました。
ほっとハウスの裏庭で膝を抱えて座り込んでいた当時を思えば、まさに雲泥の差です。
本当に感謝です。

でもそれはあくまでも緊急避難。
本質的な解決にはなっていません。
家庭内で日ごとに膨れていく軋轢やストレス。
それらが情緒不安定の原因になっていることを、ほっとハウスでも受け止めてくださるようになりました。
医師の方でも投薬だけでは解決できない問題だと考えるようになり、他機関との連携を探るようになりました。
この後かなりアグレッシブな展開が待っていたのですが、むしろそれが契機ともなりました。
僕と母ともども訪問看護を利用することになりました。
最初、母担当のケアマネージャーさんから、某大手精神科病院が運営する訪問看護ステーションを紹介されました。
ところが、多忙のため「2週間に1回程度しか来れない」との返事。
ほっとハウスの施設長さんは、これでは十分な支援が期待できないと考えたそうです。
そこで、枚方市楠葉の地で独自で運営しているという訪問看護ステーションを紹介してくださいました。
打ち合わせに訪れた訪看さんは、母の様子を診て「週に2回来ないといけないぐらいの深刻な状態」とおっしゃりました。
この言葉にどれだけ救われたことでしょうか。
僕がこれまで抱え込んできた苦痛を、一番的確な言葉で表現してくださったのですから。

僕に対しての訪問看護は、自立支援医療受給者証を既に持っていたことから、すぐに始まりました。
母については、介護保険証しか持っていなかったために、1カ月遅れのスタートになりました。
ただ、その間も下準備を進めていましたから、自立支援医療の申請を受理されてからの展開は早かったです。
8月に入ると母担当の精神科医と連携が始まり、すぐに処方薬の再調整が始まりました。
母が(離脱症状を抑えるために必要な)入院を拒んでいたために減薬に消極的だった医師も、積極的に減薬を試みるようになりました。
すると、離脱症状を起こさない程度の速さで、順調に容体が回復していきました。
既にパーキンソン症を併発している疑いがあるため、完全な回復は難しいそうです。
それでも、自分の足で立てるようになり、歩行距離も徐々に長くなり、顔にも表情が戻ってきました。
それまで母を心配するあまりネガティブな感情が表立っていた父も、徐々に落ち着きを取り戻すようになりました。
それにつれて僕自身も、ネガティブな感情にさらされる機会が徐々に減っていきました。
今でも父の姿を見かけたり父の声が聞こえてきたりすると、過去の生々しい体験が蘇り、ネガティブな感情が誘発されます。
でもそれは、きっと父だけの責任ではありません。

HSPについて書かれた本を読んでいると、その中で敏感体質な人のことを「目の細かい網で漁をしているようなもの」と説明していました。
他の人では獲り損なってしまうような貴重な魚介類を漁獲できる代わりに、ゴミや危険物まで拾い上げてしまうという具合です。
危険やストレスを上手に回避する工夫がHSPの人にとっては重要だと記されていました。
周囲が敏感体質について理解を示してくれる人ばかりであれば良いのですが、世の中そんなに甘くありません。
自らの持論や経験則に固執してHSPという概念そのものを否定するような人も居ます。
さらにはHSPの人が特性として持っている「(無理してでも)相手に合わせようとする能力」「(痛みや苦しみに共感して)助けの手を差し伸べようとする能力」に心地よさを覚えて、気づかぬうちにHSPの人からエネルギーをどんどん吸い取ってしまうような人も居ます。
誤解がないように書き添えますが、そういう人の存在が悪いという意味ではありません。
そういう人と一緒に居ると、疲れやすくなったりネガティブな感情に支配されやすくなってしまうというだけのお話です。

敏感体質についての理解がない人の存在は、決してほっとハウスの中だけに限った話ではありません。
しかし、実際のところ「静かに過ごしたい人のための部屋」へ無遠慮に上がり込んで、ここへ逃げ込んでいる人たちに対してさらに追い打ちをかけるようなメンバーさんも居ます。
助けを求めても「彼の方が重度なんだから、あなたが我慢してあげなさい」とばかりに取り合おうとしない職員さんも現実に居られます。
専門的な支援を生業とする人たちの理解が追い付いていない現状は考えものですが、メンバーさんを含めた一般の方に無理解な方が居るというのは仕方のない話です。
自分が感じたことのない苦痛を理解することは並大抵のことではありません。
むしろ、そういう力に長けているのがHSPの特性の一つだと言っても過言ではありません。
HSPの特性を活かして福祉や医療の現場に従事されている方も大勢居られます。
そういう方が自分の担当になってくださったのならば、それは本当に幸運なことです。

皆が同じ感覚を持ち、同じ考えを持っていれば、全員が仲良くするのは簡単なことなのかもしれません。
でも実際にはそんなことはありません。
特に個人よりも組織を重んじる日本のような社会では、少数派は常に多数派に合わせるように強いられる傾向が強いのです。
少数派の犠牲の上に成り立つ「仲良し集団」というのは、果たして皆を幸せにするのでしょうか。
実は知らず知らずのうちに皆が我慢を強いられ、不満をため込んでいるのではないでしょうか。
全員が仲良くするなんて最初から無理な話なのです。
そんな幻想は捨てて、苦手な相手とは適当に距離を置き、相手の人格を尊重しつつ自分自身も守りながら上手に付き合っていく。
その方が、はるかに健全なのではないかと思えるのは僕だけでしょうか。

【参考文献】
「敏感すぎて苦しい」がたちまち解決する本 HSP=敏感体質への細やかな対処法
著者:高田明和
出版:廣済堂出版
ISBN:978-4-331-52122-9

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テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
ジャンル : 心と身体

ハイリー・センシティブ・パーソン



最近、玄米にハマっています。
白米は柔らかすぎて食べた気がしない上、そのせいで食べすぎてしまう傾向にあります。
玄米だと適度な歯ごたえに満足感があり、しかも白米だと失われてしまうミネラルがしっかりと残っています。
好みがはっきりと分かれる食材なので、複数の人で共用する炊飯器だと、どうしても白米を選ばざるを得ません。
そこへいくと、ほっとハウスでお昼を作る時には毎回一人分だけ炊いて食べているので、玄米を楽しみたい僕には好都合です。

子どもの頃は、玄米が苦手だったのですけどね…。
これもやっぱり歳のせい??


     * * *


先日、ネット上で興味深い記事を見つけました。
【日本人の5人に1人が該当する「HSP」って?】
https://ddnavi.com/news/396370/a/
とても気になったので、自分なりに調べてみたことや考えたことを、ちょこっと簡単にまとめてみました。

生まれつき、高度な感覚処理感受性を持っている人のことを、HSP(Highly Sensitive Person)と呼びます。
全人口のうち、5人に1人がこれに当てはまるとされています。

特徴としては、音や光、匂いなど刺激に敏感に反応することが挙げられます。
より多くの情報を受け取ることができるので、察知や観察に優れていて、ちょっとした変化にもすぐに気づくことができます。
その反面、受け取りすぎる刺激は負荷にもなり、驚きやショックを受けやすくなってしまいます。

また、五感を通して得られた情報は、より深く徹底して処理しようとします。
たとえば、相手が「何気なく」発した言葉であっても、相手の仕草や言葉の裏などを深読みして、その言動の「真意」を探ろうとする等です。
洞察や考察が豊かなので、ひとつの物事にじっくり取り組むような仕事に向いているとされます。
その一方で、短い時間にたくさんのことを同時にやろうとすると、処理が追いつかなくなり混乱を来たすこともあります。

このような事情を知らず、驚いたり混乱したりする姿ばかりに注目して、神経症などの疾患や精神的な障害だと決め付ける人も居ます。
でも、これはとんでもない誤解です。
欠点ばかりを取り上げて、その人の持っている「良さ」を見つけ出そうとしていないからです。
生まれつき高度な感覚や処理能力を持っていることが、短所なんかであるはずがないのですから。

今の社会は、「異物」を排除しようとする傾向が強い社会です。
でもそれは果たして本当に異物なのでしょうか。
多数派の人にとって理解ができないものを、異物だと決め付けているだけではないでしょうか。
人は生きている限り、病気や怪我などとは無縁ではいられません。
住むところが変われば、多数派と少数派が逆転することだってよくある話です。
少数派に「転落」することを恐れて、多数派に残ることに執着する社会。
果たして、こんな社会が生きやすい社会と言えましょうか。

人は、ひとりひとり違って当然です。
多数派も少数派もありません。
ましてや異物と決め付けて排除するなど、決して許されることではありません。
皆が同じように考え、同じように行動することを要求する社会は、いずれ行き詰ります。
人と違った考えや行動を完全に封じ込めてしまうことは、客観的な判断や成長の機会まで奪ってしまうからです。

ひとりひとりが持っている良さをお互いに認め合い、それを十分に活かす事ができる社会。
それこそが、誰にとっても生きやすい社会なのではないかと僕は考えています。

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テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
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暑気払い



お盆と年末の恒例行事。
必ず声をかけてくれる中学・高校時代からの友人が居て、楠葉界隈で飲み会を開くのが定番になっています。
ところが今は僕自身がいっぱいいっぱいの状況なので、さて今回はどうしようかと思案していたのですが…。
「気分転換も必要やで?」
と幹事氏から後押しされたこともあって、思い切って参加することにしました。

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これが問題の「いっぱいいっぱいのひと」の近影。
ここ半年で5kgばかり痩せました。
もちろんRIZAPしたとかじゃなくて、どちらかと言えばやつれた感じ。
それでも一応、身体的には健康と言えば健康なので、日に焼いてみたりしています。
少しは見栄えも良くなりましたでしょうか。(゜゜)☆\(ーー;バキッ

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最近、体力をこそぎ落とされるような感覚があるのですが、訪看さんによれば異常なまでの暑さが原因だろうとのこと。(毎晩の飲酒量は正直に申告してます。)
そりゃ連日35℃前後をウロウロしている上に、梅雨前線やら台風やらが連れて来た湿気やら、熱帯夜がデフォルトな日々やら、「殺人的な暑さ」の呼び名にふさわしい蒸し暑さっぷりです。
それでも昨夜は夜風が心地よかったので、本当に助かりました。(*´ω`*)

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最近、ビールが主食みたいな人なので、幹事氏からも心配されていたのですが、僕にとってはビールは食欲増進剤みたいなものなので、思いのほかガッツリと食べている僕の姿を見て、幹事氏も安心していたようです。
ごくごく自然体で、こうして遊びに誘ってくれたり、心配してくれる友人たちが居てくれるということに、本当に感謝しています。
昨夜は本当にありがとうございました。m(__)m

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テーマ : メンヘル人間の日常
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訪問看護はじめました


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もう15年になりましょうか。
初めて精神科に受診した時のことです。
診断名こそ「抑うつ」でしたが、医師は言いました。

あなたに医療は馴染まない。
あなたに必要なのは、兄貴分のような存在だ。


当時「うつは心の風邪」というキャッチコピーが流行っていました。
精神疾患は投薬で治るという宣伝が繰り返され、精神科に受診することへの「ためらい」が少しずつ解消していった時代です。
副作用の少ない新世代の向精神薬が続々と登場し、気分障害(躁うつ病など)や統合失調症などを抱える当事者の日常生活を(医師の指示通り薬を飲み続ければ)通常レベルにまで改善できるようになりました。

ところが、このキャッチコピーには大きな弊害が隠されていました。
それは「うつは必ず治る」という誤解を与えてしまったことです。
実際、僕のように原因が別にある抑うつ症状については、対処療法はできても本来の原因が別にあるので根本的な解決にはなりません。
そのことについて、医師は的確に説明していたのだと思います。

その本来の原因とは何なのか。
当時は「発達障害」という言葉があまり知られていなかったこともあり、医師は「成長の段階で必要な発達の獲得ができていないことが、社会への適合を難しくしている」と説明していました。
その言葉の意味をようやく理解できたのは、7年前に今の医師に受診して「広汎性発達障害」と診断されてからです。
発達障害とは何なのか。
それから必死に勉強を始めて、今ではなんとなく理解したつもりになっています。

そんな事情があって、向精神薬で「抑うつ」を抑えることはできても、寛解には程遠い状況です。
結局は、抑うつを引き起こすような状況を自力で一つずつ潰していくしかないのです。
発達障害に理解のある環境であれば、周囲の協力も得られましょう。
でも現実には、白杖を持てば後ろから殴られ、マタニティマークを付ければお腹に蹴りを入れられるようなご時世です。
京都府が「外見から障害があることが分からないことを表す」ヘルプマークの配布を始めたので、すぐに受け取りに行ったのですが、最初はなかなか周知が進まず、今は今で怖くて付けることができません。
悲しいかな、無理してでも健常者のふりをしている方が、安全に過ごすことができるのです。

それでも、健常者のふりを演じ続けるのには限界があります。
僕の場合、不都合があっても辛抱して飲み込んでしまうので、周囲の人から気づかれることはありません。
でも問題解決を回避し続けている限りは、ためこむものは雪だるま式に膨らんでいき、溢れそうになっている堤防に最後の一撃が加わった瞬間、大洪水を引き起こします。

過去に何度か大洪水を引き起こしては、その度に相当痛い目に遭って来たので、話を聞いてくれる人を探しては、そのことを伝える努力を続けて来ました。
その成果もあってか、最近は堤防が危険水位に達した段階で気づいてくれる人が徐々に増えて来ました。
自分でも気づかぬうちにストレスを抱え込んでいる時に、その状況を察してくれる人が身近にいることは幸いです。
一人居てくれるだけでも大助かりなのですが、人間誰しも疲れている時もあれば休みたい時もある訳で、死角を埋める意味もあって、そういう人が増えていってくれることに、とても感謝しています。

白状しますと、先月ついに大洪水を引き起こしてしまいました。
予兆を感じ取っていた病院やほっとハウスが事前に準備を進めていたこともあって、その後の展開は速かったです。
すぐにほっとハウスと病院の精神保健福祉士を中心とするチームが結成されて、今回の精神科訪問看護につなげてくださいました。
これまでは服薬とほっとハウスへの避難でしのいで来ましたが、これからは環境に対しても改善の手が加わることになりました。

健常者と呼ばれている人たちの中には、自分が相手を苦しめる原因になっていることに気づけない人が少なからず居られます。
白杖やマタニティマークを持っているというだけで無関係な人に暴力を振るう人など到底論外ですが、偏見や誤解もあって無意識のうちに相手を傷つけてしまっている人は、決して少なくありません。
こんなことを書いてる僕自身、知らずのうちにやってしまっているかもしれません。
そのことを自覚し、日々の言動に心を配ることは、とても大事なことだと思います。

先週から、週に一回、訪問看護ステーションから看護師さんに来ていただいて居ます。
看護師というと女性のイメージが強いですが、今回は男性です。
はからずも「兄貴分のような存在」を得ることができたのかもしれません。
まだまだ始まったばかりですが、朗報を書き綴ることができるような日々が訪れてくれることを願っています。

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変化することへの自由


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チルノ「幻想郷最強を誇るアタイ! リニューアルして再登場!! わははははは!!!」

先日体験版が公開された東方Project最新作「東方天空璋」にて、我らが愛すべきチルノちゃんが驚きの自機抜擢です。
ええ、そりゃもう色々なことで驚かされましたよ。
猛暑やら炬燵やらで溶けて水になる…というのが二次創作上での「よくあるネタ」だったのに、公式にそれを否定されちゃった訳ですから。

真夏でも解けない氷。
突如現れたアサガオの仕業なのか?
そもそも氷が日焼けするのか??
これこそが、幻想郷最強を自称誇る妖精の底力!?
早苗さん「この幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!」

胸元のヒマワリと相まって、以前にも増して可愛らしくなっての再登場。
僕的にはむしろ大喜びなのですけどね。(。-∀-) ニヒ♪


     * * *


今から思い返すこと30年ばかり昔のお話。
それまでマルーン1色塗りだった近鉄電車の一般車が、マルーンとシルキーホワイトの2色塗りに代わった時、どこかヨーロピアンな気品すら感じさせていたものが、なんだか随分とダサくなったものだとガッカリしたものです。
大阪線1400系電車や奈良線8810系電車以降であれば結構似合っていましたが、それ以前の在来車ではまるでタヌキみたいの一言。
それでも塗り分け線を再調整すると在来車の印象も落ち着いてきて、今となってはすっかり慣れてしまいました。
ああ、慣れって恐ろしい。

今は今で京阪電車の塗色変更が大詰めを迎え、最後の砦と言われていた大津線も京津線用800系電車を含めて京阪線同様の新標準色に改められてしまうことが発表され、緑の濃淡2色塗りに慣れ親しんできた身としては寂しい限りです。
5ドア車ながら昼間は3ドア車として運用できる京阪自慢の5000系電車も、京橋駅のホームドア設置との関係で全車引退することになりました。
ラッシュ用ドアをただ締め切るだけでなく、天井に格納されていた昼間用の座席が下りてきて、ドア間4人掛けのロングシートが12人掛けに化ける姿は、テレビでもたびたび紹介されるほどの人気ぶりでした。
最初の編成が登場したのは、僕と一つ違いの1970年。
急激に変化していく社会の中で、今日に至るまで当時の設計思想を十分に活かす形で40年以上も活躍を続けたことは称賛に値します。
寂しいですが、ここは誇りを持って勇退の日に臨んでほしいと願います。

前置きが随分と長くなりましたが、僕という人間は「変化」を嫌う傾向にあるようです。
日常的に使っていたものが急に変わってしまうと、ひどく戸惑ってしまいます。
何かをやっている最中に別の仕事を言いつけられると、手順や今後の予定が狂わされることに強いストレスを感じます。
ある人が言っていたことが、次には全然違う内容に変わっていた時には、もう何を信じて良いのか分からなくなります。

発達障害の一つであるASD(自閉症スペクトラム)の特性の一つに、特定の行動において一定の様式を繰り返すことを好むという特性があります。
(※当事者全員がこの特性を持つ訳ではありません。)
たとえば、朝起きてから家を出るまでの間には、朝食や身支度などの「作業」がたくさんあります。
それぞれの作業には一定の順番があり、一定の手順があり、一定の位置があります。
これが一つでも狂うと、そのこと自体が大きなストレスになったり、パニックになったりするのです。
当事者でないとピンと来ない話かもしれませんが、そういう人を見かけたことはあるかもしれません。
ただ、僕のように自分の中にため込んでしまうタイプの人だと、周囲の人はいよいよ気付かない訳なのですが…。

チームでやる作業より、一人でやる作業の方を好みます。
ダイレクトメールの封緘作業を一日黙々と続けていても全然平気です。
逆に、みんなで材料を持ち寄ってアウトドアでバーベキューなんか始めると、たちまち何をして良いか分からなくなります。
料理ができないという意味ではありません。
自分ひとりであれば、自分のやりやすい方法と順番で黙々とこなしてしまうでしょう。
ところが、みんなが一斉に自由に動き出すと、そのうちの何をやれば良いのか、全然わからなくなってしまうのです。
ただ、チームでやる作業でも、役割分担がきちんとしていれば問題なく作業できます。
材料の切り込みを任されれば黙々と食べやすい大きさに材料を切っていきますし、飯盒炊爨を任されれば火の前から一歩も離れることなく最後の一缶まで責任もって炊き上げます。

作業手順や目的が明確な作業は得意だけど、曖昧な要求に曖昧な成果を求められるような作業は苦手と言えましょうか。
一定のルールに従って会話をできる相手とは普通に話ができますが、色々な意味でフリーダムな人との会話は非常に苦痛です。
ライン作業もトラブルが皆無なのであれば黙々とこなしますが、頻発するトラブルに手探りの対応を迫られた日には、そりゃもうパニックものです。
では突発事態が苦手かと言えばそうでもなく、事故に巻き込まれた時には割と冷静に粛々と行動していたりします。
どうやら、決められたルールの中で作業をしている中で、それを覆すような要求をされると強いストレスを感じるようです。

特定の行動において一定の様式を繰り返すことを好むということは、ただひたすら同じことを繰り返すという意味ではありません。
一見同じことを繰り返しているように見えますが、実は少しずつ「進歩」しています。
それはより合理的な方法への修正であったり、遊び心の付与だったりします。
例えば職場で同じ仕事を毎日繰り返しているように見えても、日々効率的になっていくことで、いつの間にか生産量を上げていたりします。
それも無理なく手堅い方法で。

今の世の中は、やたらと目新しいこと、劇的なことを求める風潮があります。
ところが、時間をかけてゆっくり変化していくものだから、なかなか周囲の人に理解してもらえない。
周囲の人からしてみれば、まるで変化を拒んでいるかのように映るようです。
そうではありません。
新しい行動や様式を受け入れるのに、どうしても人より時間がかかってしまうのです。
ところが周囲が待ちきれなくて急かすものだから、修正が追いつかなくなってパニックになってしまう。
すると、そこへ発達障害というレッテルを貼り付けて、いわゆる「障害者」として切り捨ててしまうのです。

ニッポンという社会は、随分と不思議なところです。
基本的には保守的であることが好まれるのに、トップダウンで決められたことには愚直にまで従おうとします。
変化を求めてもいけないし、変化を拒んでもいけないらしいです。
主人公でいられるのはごく一部の限られた有力者であり、大多数の人はそれに従うのが良しとされます。
果たしてそうなのでしょうか。
有力者に従ってさえいれば、平穏な日々が送れるのでしょうか。
束の間の安寧は確保されるのかもしれません。
でもその先に待っているのは何でしょう。
日々の生活を管理され、不本意な作戦を強要され、役に立たなくなれば切り捨てられます。

どうして自分自身が主人公であってはいけないのでしょうか。
それはもちろん、他の皆もまた主人公であるという前提でです。
物質的な豊かさは遠のくかもしれません。
でも生きることを辞めてしまうことを考えれば、果たしてどちらが良いのでしょうか。
長生きしたいとも思いませんが、滅私奉公で一生を終えるつもりもありません。
当時働き盛りだった従兄を突然死で亡くして以来、ますますそのように考えるようになりました。

求められた変化が果たして必要なものかを十分に考え、自分で判断し、そして時間をかけて変化を受け入れていくこと。
これを僕は「変化することへの自由」と呼んでいます。
変化は決して他人から強要されるものでもないし、また拒み続けるものでもありません。
議論とは、どちらが正しいのかを争うものではなく、新しい選択肢を作り出すことです。
いわゆる「話し合いの場」というものが日々苦手になっていく、ASD当事者のひとりごとです。

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テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム
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プロフィール

かずや(京ヤワ)

Author:かずや(京ヤワ)
河津屋京柔/かずや(京ヤワ)は、京都府下在住の東方好きなMacユーザーです。
昔は電車小僧。今は鉄道おじさん。多分この先も?
発達障害の一つ、ASD(自閉症スペクトラム)であることを知ったのは、40歳手前のことでした。
開き直るほどタフじゃないけど、生きるのが随分と楽になりました。
毎週日曜日にキリスト教会に通う程度には信心深いようです。
ちまちまとパソコンでお絵描きしたりしていますが、最近は寡作気味です。

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