下り坂で抑速制動が作動する程度の能力

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射命丸文「なるほど、この冬一番の寒波ですか。確かにニュースですね。でもこの程度の記事では読者を喜ばすことはできません。そうですね…【冬の妖怪大暴れ!ついに竜巻発動か!?】ということにしておきましょうか。」

お願いですから、やめてください…。(((( ;゚Д゚))))ガクガクブルブル

     * * *

この冬一番の寒波が襲来した朝。
いつになく軽く感じるペダルに異変を感じつつも、深く考えることなく某所へ向かいました。

そして帰り道。
自転車のペダルが軽く感じた理由が分かりました。
強い南からの風で、行きは追い風だったのですね。
冷たい南風というのも不可思議な話ではありますが、帰宅後に天気図を確認したところ、真北に強力な低気圧がありましたから、これに吸い寄せられたものと考えれば合点がいきます。

いつもより重たく感じるペダルに耐えながら、新木津川大橋を渡り切り、堤防レベルからの下り坂に差しかかった時です。
割と長い下り坂なので、普段はブレーキをかけながら降りてくるのですが…

「これすごい! ブレーキかけてないのに、勝手に速度調整してくれてるww」

     * * *

鉄道車両のブレーキは、圧縮空気を利用した制動装置が一般的ですが、頻繁にブレーキを使うと車輪にも制輪子にも負担がかかるため、これとは別に「抑速ブレーキ」を装備する場合が多いです。
電気動力車の場合は電流の流れる方向を逆向きにして主電動機に「発電」させることで制動力を得る「発電ブレーキ」、内燃動力車の場合はギアを低速段に落とすことでエンジンをブレーキとして使う「機関ブレーキ」が用いられます。

発電ブレーキで発生した電力は、制御用に搭載されている主抵抗器を活用して熱エネルギーに変換することで消費するのが一番簡単な方法です。
今以上に電力事情が厳しかった戦前、この電力を活用できないかと考える人が現れるのは当然のことです。
ところが今のように高性能なバッテリーもなければ、半導体機器なんて代物も存在しなかった時代です。
一番手っ取り早いのは、パンタグラフやトロリーポールを使って発生電力を架線に戻すことなのですが、そのためには主電動機から発生する不安定な電力を「架線と同じ電圧」に変換するための装置が必要となります。
九条山と逢阪山のダブル峠越えを抱える京阪電車京津線では、複巻電動機と磁気増幅器の組み合わせでこれを実現した「回生ブレーキ」を常用した50形電車を登場させましたが、構造が複雑でメンテナンスが面倒だったこともあり、自社線内でさえ普及することはありませんでした。
ただ、戦後になり2000形電車で回生ブレーキを復活させ、半導体機器の普及に伴う省エネ電車ブームの下地を整えたことは忘れてはなりません。

時代は下って現在のお話。
インバータ制御の普及で電圧のコントロールも簡単にでき、高性能バッテリーが続々と登場する時代となりました。
それまで電力確保の問題から鉄道専門の技術と扱われていた電気動力車も、電気自動車として実用化できる目処が立ってきました。
それまでのツナギとして、エンジンとバッテリーの2系統の動力源を持つことで、双方の長所を兼ね備えたハイブリッド自動車が一足先に実用化され、人気となっています。
そして今度は、これらの技術が鉄道車両にも還元されるようになってきました。
鉄道版ハイブリッド車ことキハE200形がJR小海線で活躍を始めて久しく、今年からはJR烏山線で蓄電池式のEV-E301系電車が活躍を始めています。
他の鉄道会社でも実用化を目的とした試作車が続々と登場しており、今後の展開が非常に気になるところです。

     * * *

さて、下り坂をノーブレーキで降りて来られた訳ですから、下り坂の後には恐怖のトレーニングタイムが待っています。
それから4kmあまり、平坦なはずの道を逆風に煽られながら、ヘロヘロになって帰ってきました。

ズボン中がパンパンだぜ!

帰宅後は、食事もそこそこにバタンキュー。
風が強い日の長時間サイクリングは考えものだと、痛感させられた次第であります。(´;ω;`)

(※この記事へのコメントは、SNS上にて受け付けています。)

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大切なのはブレーキ

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すみません。めっさ長文です。
小難しい上に長いです。しかも鉄分ばかりが豊富です。
この手の話に興味のない方は、適当にスルー推奨です。

なにか色々たまっているんじゃないかと思われた方、きっと鋭いです。

     * * *

昔、偉い人が言いました。
「ブレーキのない機関車ほど怖いものはない」と。
組織のトップが機関車役なら、ブレーキ役となる人がいるかどうかが、その後の運命を大きく左右すると言えましょう。
物事が調子よく進んでいる時に、勢いを削ぐようなことを言う人は、得てして周囲から嫌がられるものです。
この時、この後に地獄の入り口が待ち構えていようとは、誰も信じないし、認めたくないものなのです。

ブレーキ役が居る組織は幸いです。
後戻りができなくなる前に、大惨事を回避することができるのですから。

     * * *

最近、駅のホームからの転落を防ぐための装置…ホームドアの設置が進んでいます。
当初は、高速列車が通過する新幹線や、無人運転を前提とする新交通システムなど、ごく限られた場所での設置でしたが、普通鉄道が都市部でもワンマン運行をするようになってから急速に普及が進んできました。
最初の頃こそは、職員の人数を減らすための合理化の一環としての要素が強かったのですが、ホームからの転落事故対策への切り札として、乗降客の多い駅での設置も本格化してきました。

ホームからの転落事故は、今に始まった話ではありません。
目の不自由な人がホームの端に気付かずに落ちたり、混雑の激しい場所から押された人がホームの端から落ちたり…その度に、点字ブロックを整備したり、ホームを拡張したり、バイパスルートを整備したり等の対応を繰り返して来ました。
それでも、転落事故を撲滅することはできません。

悲しいかな、人間というものは安全だと認識すると注意力が散漫する習性があるようです。
猛ダッシュで混雑するホームを駆け抜ける人、スマートフォン片手にホーム端を歩く人、酒で悪酔いしてホームから身を乗り出す人…。
いよいよ鉄道会社の責任ではないようにも思うのですが、高速列車が通過する線路際に無造作に近づける状況を温存していることもまた事実です。

点字ブロックも万能ではありませんし、ベビーカーや車椅子の操作ミスだって有り得ます。
幼い子どもが走り回っていることも珍しくありませんし、おとなだって押されて転ぶこともありましょう。
やはり、安全な場所と危険な場所を明確に隔てる物が必要なことは明白です。
それでホームドアを全駅に設置したいところなのですが、これがなかなか難しい。
設計段階からホームドアを設置している鉄道であれば、最初から織り込み済みということもあって問題ないのですが、既存の鉄道となるといくつもの問題点が浮上してくるのです。

まずお金の問題はスルーという方向で。
最近はアベノミクスでマスコミ等が盛り上がっていますが、「雰囲気は良くなったけど財布の中身は一向に増えない」というのが庶民感覚なのではないでしょうか。
在るところには有るのでしょうけど、必要な場所には無いのが世の常。
億単位のお金をポンと出せるような会社、そうそうないですよ?
ここはひとつバーンと公的支援を期待したいところですが、来年度は消費税アップと引き換えに空前の大盤振る舞い予算が予定されており、「打ち出の小槌」を期待すると後が怖いだろうなと危惧している小市民の一人です。

次に車両の設計上の問題。
今でこそ減りましたが、ドアの数が違う車両が混用されているのはよくある話。
仮にドアの数が同じであっても、個々の設計で位置がズレていることも多々あります。
最近、近鉄奈良線と阪神電車が相互直通運転を開始しましたが、21m級4ドア車と19m級3ドア車をマッチングさせる妙案があれば、どなたかご教示願いたいものです。

別に双方が意地の張り合いをやっている訳ではありません。
片や近鉄は2府3県に及ぶ広大な標準軌路線網を統一仕様で運用しておりますし、片や阪神電鉄は神戸高速鉄道を介して山陽電鉄や阪急電鉄と共通仕様の協定を結んでいますから、区間を定めて双方の車両を共用するのが一番合理的なのです。
ならば間を取って、最近関東私鉄で絶賛大流行中の汎用型20m級4ドア車に一斉置き換えしてみるとか。
大好評につき、グループでまとめて買うとお得です。
でも資金の潤沢な東京通勤圏ならともかく、そんなお金がどこにありましょうか?

そして3つ目がブレーキのお話です。

     * * *

はて、なぜここでブレーキの話が…と首を傾げるのが一般的な反応かと思われます。
職場で複数台の自動車を共用している経験がある方であればイメージがつくかと思いますが、同じメーカーの同じ型の自動車であっても、一台一台独特の癖があるものです。
同じ加減でブレーキペダルを踏んでみたら、利きすぎてガツンといったり、利きが甘くて冷やりとする…なんて具合です。
鉄道車両もまた同じで、しかも複数の車両を繫いで走る訳ですから、単独で走る自動車以上の大変さがあります。

整備状態の悪かった国鉄末期の頃には、それは賑やかなことになっていまして、同じ系列の車両を同じ順序で繫いでいるにも関わらず、ある編成はブレーキが利きすぎるし、ある編成はブレーキが甘いし、ある編成は日によって利いたり甘かったり気分次第だったなんて話も聞きます。
そんな車両を使って10秒単位の運行をしていた訳ですから、乗車位置をメートル単位でズレるなんて日常茶飯事でした。
これでは、とてもじゃないけどホームドアなんて使えません。

ホームドアの導入には、ATC(自動列車制御装置)やTASC(定位置停止支援装置)の導入が重要です。
全ての駅でタイムロスなしにぴったり定位置に「100%完璧に」停める芸当を持つ運転士を大量に確保出来れば可能かもしれませんが、人間のやることに「100%」を要求すること自体がそもそも無茶な話なのです。
完璧を要求された結果、心身ボロボロになって倒れていく人が年々増加しております。
精神疾患は社会によって大量生産されていると言われる所以です。
決められた場所で決められた通りの動きを繰り返すというのは、むしろ人間より機械の方が得意な分野です。
ただし、これもあくまでもブレーキの性能が一定の基準で統一されていればの話です。

ATS(自動列車停止装置)の導入こそ早かった国鉄ですが、速度照査機能は車種が完全に統一されていた新幹線や一部の通勤路線にATCを導入するのみに限られていました。
予算の都合もありましょうが、列車ごとのブレーキ性能が違いすぎて適切なブレーキ信号を指示することができなかったことも大きいでしょう。
この問題は、個々の列車に搭載されたコンピュータで速度パターンを計算し、これをもとに速度照査をかけるATS-Pが開発されることでようやくクリアしました。
しかし予算の都合もあり、ATS-Pの導入がなかなか進まない中で発生したのが2005年に福知山線尼崎~塚口間で発生した快速電車脱線事故です。
もしATS-Pの導入が間に合っていれば未然に防げたであろう事故だけに、悔しい思いをされた方は少なくないはずです。

ホームドアを設置するにあたっては、実は鉄道車両の運行そのものが均一化されていることが保証されていることが前提なのです。
同じ車種で揃えやすい新幹線や通勤路線等を除けば、これは大変に難しいことです。
ただドアさえ付ければ済む話なんじゃないかと思われている方が多いと思うのですが、このように克服すべき課題は山積みなのです。
10秒単位で定位置に止まるのが当たり前…というのは、あくまでも日本国内でのお話です。
世界的には、これは奇跡にも等しい技術力なのです。
「とにかく動ける車両」「とにかく通れる線路」を確保することすら困窮している国が、
この世界にはまだまだたくさんあることを忘れてはなりません。

     * * *

こんな難題に、奇抜な発想でアプローチする試みが続いています。
ひとつは、ホームの安全柵そのものがフレキシブルに移動して、必要な場所だけ開口するというもの。
その名もズバリ「どこでも柵」。
https://www.youtube.com/watch?v=F58D6lzYiVY

もうひとつが、シャッターよろしく安全ワイヤーが上下するもの。
上下方向なので、ドアの位置に関係なく開け閉めできるのが特徴です。
https://www.youtube.com/watch?v=osg3jbFYZxA

それぞれに一長一短ありますが、固定概念に囚われない発想を具現化することこそが素晴らしい訳であり、このことこそが評価されるべきだと思います。
試作機があってこそ、初めて実用化への道が拓けるのですから。
こういうのを見ると、今の社会の底力のようなものを感じて、とても嬉しい気持ちになります♪ ○o..*ヾ(*′∀`*)ノ*..o○

テーマ : 鉄道
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あけましておめでとうございます

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あけましておめでとうございます

新年恒例(?)のネタ画像。
午年にちなみまして「ウマ急」の行先方向板などをこしらえてみました。
笑える方だけでも笑って頂ければと思います。

…というのも、実は12月中に某所に持ち込んだのですが、反応がイマイチ。
そもそも昭和の時代に使われていた物ですし、その当時京阪電車を利用していた人に限られてしまうネタです。
しかも京都競馬場に通っていた人以外には馴染みのないという、実にマニアックなネタでして。
もっと一般的なネタを思いつければ良かったのですが。(´;ω;`)


     * * *


興味がない人は読み飛ばしてもらえればと思うのですが、お遊びにお付き合い頂ける方は大歓迎です。
京阪電車の淀駅は、京都競馬場の最寄り駅です。
最近、高架駅に改築されて、競馬場につながる直結通路も整備されました。
普段は各駅停車(各停区間になる準急も含む)しか止まらない小駅なのですが、車庫が隣接して設けられていることから運転上は重要な駅で、朝晩には淀を起終点とする急行も運行されます。
そして、京都競馬場で競馬等が行われる日には、大勢の利用客が詰めかける大駅に変貌します。
この日ばかりは昼間の急行も臨時停車し、淀を起終点とする臨時急行も多数運行されます。
この競馬場利用客対応の臨時急行のことを、僕らは通称「ウマ急」と呼んでいます。

10年ほど前のダイヤ改訂で、昼間の急行がすべて特急と快速急行に格上げ統合され、淀駅の高架化工事で折り返し線が使用停止になったこともあって、急行の運行時間帯を拡大したり快速急行を淀に臨時停車させる等の対応にシフトし、「ウマ急」も一度はノンストップ運行の「ターフィー号」へと発展するも、娯楽の多様化の影響もあって以前のような活気もなくなり、いつしか姿を消してしまいました。
それがここ数年ばかり、以前の活気を取り戻しつつあります。
淀駅の改築工事が一段落するのに合わせて、京都競馬場を盛り上げる機運が高まりました。
淀駅構内に待避線や入出庫線が整備され、列車設定の自由度が飛躍的に向上したことも関係していると思います。
数年前のダイヤ改訂で昼間の快速急行がすべて特急に統合されたので、快速急行の臨時停車こそはなくなりましたが、再び「ターフィー号」が運行されるようになりました。
また、淀駅の折り返し設備が再び使えるようになったので「ウマ急」も多数設定されるようになりました。
かつての賑わいを取り戻したようで、京阪ユーザーとしては嬉しい限りです。

次に行先方向板の話です。
近年の鉄道各社局の人員削減策の一環で、電車の顔としてお馴染みだった行先方向板は、電動表示幕やLED表示器への切り替えが進み、完全に姿を消してしまった社局も少なくありません。
ターミナル駅のプラットフォームの片隅などに、各種色とりどりの行先方向板が並べて置かれていたことを覚えておられる方は、今やどのくらいなのでしょうか。
今や、ヘッドマークすらLED表示器に置き換えられるご時世です。
データを入力するだけで色々な表示ができる便利な代物ですから、一概に悪いとは言えません。
ただ、LEDは常に電力を必要とし、遠方からの視認性も今ひとつですから、今後の改良を期待したいところです。

京阪電車もご多分に漏れず、行先方向板を常用する車両は皆無です。
たまに臨時列車やイベント企画、表示器の故障や臨時の折り返し運行などで姿を見かける程度です。
そんな京阪電車も、京阪線では5000系第4編成までは正面に行先方向板を掲げる仕様で登場しています。
一般車にも正面中央に特急標識を掲げる金具を完備し、臨時特急として運用される際には鳩のマークも誇らしく京阪間をノンストップ運行しておりました。
各駅停車専用に設計された高加減速車2000系が臨時特急運用に駆り出されることもあり、設計上連続高速運転に無理があるモーターが悲鳴をあげて、発熱トラブルへの対応に追われ続けたことも今や昔のお話です。
その2000系も大手術で2600系に転生し、フレキシブルな運用に対応した機器配置の関係で身体が重いのが難点ではありますが、昔のように発熱を気にすることもなく、数こそ減りましたが今でも元気に高速疾走する姿を見せてくれているのが嬉しい限りです。

当時の京阪線で使われていた行先方向板は、大きく分けて3種類ありました。
まずは特急につかう鳩マーク標識…これはいつの時代も別格の扱いです。
急行系(急行・A急行・準急)が丸形標識、緩行系(各駅停車・区間急行)が角形標識でした。
急行は赤地に白文字、A急行は白地に赤文字、準急は白地に青文字。
遠くから見ても簡単に区別ができ、実に優れたデザインでした。
各駅停車は白地に黒文字で駅名だけを表示。
区間急行は各駅停車用に赤い「急」の印を加えたものですが、急行と勘違いする乗客が多かったのか晩年は緑色で「区急」の印を加えたものに変わっていました。

A急行というのは聞き慣れない表現ですが、これは列車番号の末尾にAの文字が付いていたことに由来する業務用語だったようです。
主に朝ラッシュ時に枚方市〜淀屋橋を運行していた急行で、停車駅に枚方公園と寝屋川市が追加されており、後に準急に統合される形で姿を消しています。
その後、樟葉〜淀屋橋の急行が設定された時にもこの標識が使われていましたが、この頃には急行の停車駅が統一されていたので、単純に淀屋橋〜三条(出町柳)を直通しないことを区別するだけの意味に変わっています。
なので、淀屋橋〜三条を直通しない「ウマ急」も、この原則に沿ってこの標識がベースになっています。
シンボルとして加えられた蹄鉄のマークがご愛嬌です。

では白ではなく黄色なのはなぜか。
これは、天満橋で折り返しになることを意味しています。
今は中之島線の開業で実質的に淀屋橋まで複々線になりましたが、かつての複々線区間は大阪市内側では天満橋で終了していました。
昼間はこれでも問題ないのですが、朝夕のラッシュ時になると天満橋〜淀屋橋にすべての列車を乗り入れさせることは不可能で、一部の列車が天満橋で折り返しとなっていました。
特急〜準急は優等列車ということもあり全列車淀屋橋発着を基本としましたから、貧乏くじを引くのは各駅停車と区間急行となります。

「ウマ急」も臨時とは言え急行です。
本当は淀屋橋発着で揃えたいところですが、定期列車を運休してまで淀屋橋まで乗り入れる必要があるかと言えば、あまり現実的ではありません。
もともと淀屋橋発着の急行が多数運行されていますし、天満橋発着でも京橋駅という大ターミナルをカバーできますから増発の効果は十分に期待できます。
それが黄色標識の臨時急行が誕生した由来です。

今は天満橋駅の折り返しもなくなり、中之島駅と淀屋橋駅に分散することで増発に対処しています。
昼間でこそ閑古鳥の泣く中之島線ですが、朝夕の混雑時にはその能力を十分に発揮しています。

京阪電車の未来に栄光あれ!


     * * *


正月早々、鉄モード全開で申し訳ありません。
鉄モードは終了して、もうちょっと一般向き(?)なネタをもう一つ。

今回、mixi日記の方でも「予約投稿」機能を使ってみることにしました。
FC2ブログの方は秒単位まで指定できるので、この機能が意外と便利です。
もちろん偽装工作じゃないですよ?(笑)
今、教会のブログにて一週間の集会案内を毎週日曜日の午後6時にアップしています。
その日の行事が終わってからでないと更新ができないし、かと言っていちいち待ってるのも面倒な話です。
原稿をもらった段階で、空き時間を使ってチマチマ更新作業ができるので、とても重宝しています。
FC2ブログの方は新年0時ジャスト、mixi日記の方は誤差を考慮して午前1時に予約をセットしてみました。
打ち上げ花火をセッティングしたみたいで、ちゃんと打ち上がるのかドキドキしております。

新年を迎えるにあたりまして、皆さまのご健康とご多幸をお祈りしております。
落ち込んだり、やんちゃしたり、粗相したり、また色々としでかすことになりそうですが、引き続き温かい目で見守って頂ければ嬉しい限りです。

今年もどうぞ、よろしくお願い致します。m(__)m

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運転免許証の更新


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紅葉に吸い寄せられるようにして、京都市内の道路が大渋滞する季節がやってまいりました。
そもそも自動車を受け入れるように作られていない街なのだから、牛車とまではいかなくても電車なりバスなりで移動してくれればと思うのですが、どうにも自動車で観光したがる人が多くて困ります。
もうね、東大路通とか嵐山界隈とか悲惨なことになってます。
歩いた方が断然早いぐらいです。
全然動かないですよ?

僕はもっぱら川端通で南北移動するので、せいぜい四条京阪前の交差点で足止めを食らう程度で済んでいますが…。
これとて、歩車分離式信号機のおかげで随分と助かってます。
いや本当、後先考えずに取りあえず自動車で入り込むのだけはやめてください。
自動車の利用は計画的に。
周辺部に設けられた指定駐車場から公共交通機関を利用するパークアンドライドの利用を強くお勧めします。
ドライバーさんも大変だろうけど、地元の人もとっても困ってるんだからぁ!! ヽ(`Д´)ノウワァァン!!

さりとて、自動車がなくても全然困らない環境にいる人は幸いです。
地理上、身体上、商売上、色々な要素が考えられます。
実際、京都市内も一歩中心部を離れれば公共交通過疎地帯の方が多いぐらい。
まずは普通に遭難できちゃうほど深く広大な山間部。
京都バス32系統(出町柳駅前~広河原)は、自由乗降区間を音楽を鳴らしながら走ります。
酷道…もとい、国道477号線の百井別れは知る人ぞ知る珍百景。
あんなところで自動車が故障した日には…いや本当、色々な意味で勘弁願いたいです。(((( ;゚Д゚))))ガクガクブルブル

     * * *

京都府の運転免許試験場も、これまた公共交通の不便な場所にあります。
一応そばを京阪電車が通っているのですが、桂川をはさんだ対岸であり、そもそも駅がないので話になりません。
最寄りの京阪淀駅からのバス(市バス20系統)は1時間に1本程度で、しかも大半の便は駅前に寄らないという、なんとも微妙なアクセスとなっております。

京阪中書島駅からのバス(市バス20・22系統)は1時間に3本程度あるのですが、免許試験場から随分と離れた通りを素通りしてしまう便が半数以上を占めます。
近鉄・地下鉄竹田駅からのバス(市バス南2系統)は免許試験場前に発着してくれるものの、やはり1時間に1本程度。
むしろ、阪急長岡天神駅・JR長岡京駅から阪急バスを使った方が便利なぐらいですが、免許試験場前発着で1時間に2~3本です。
免許試験場だから自動車で行けば済むという話なのですが、そもそも免許証を持っていない人が受験する場所なのだから、もう一体どんなジョークかという状況です。(´;ω;`)ブワッ

そんな訳で、今朝は朝食もそこそこに家を出て、8時30分を目標に京阪バスと京阪電車を乗り継いで淀駅を目指しました。
納所町停留所を8時38分に通過する市バス20系統の横大路車庫行きが、午前の受付時間に間に合う唯一の便なのです。
1本前だと相当に早起きしないといけないですし、1本後では完璧に遅刻です。
バイクで出かければ30分とかからない場所なのですが、万が一のことを考えて、あえて公共交通機関を使った次第です。

もともと、今年の誕生日が運転免許証の更新時期になっておりまして、今日がその受付開始日だったのです。
年末は加速度的に忙しくなっていくのが毎年の常ですし、いくら1ヵ月後まで可とは言え、未更新のままで年を越すのも嫌なものです。
それに一つ、心配事がありまして…視力が結構ギリギリなんです。
パソコンとか大好きですから。(゜゜)☆\(--; バキ

眼鏡屋さんで測定してもらえば良いのですが、そうなると眼鏡を買い替えないといけないような気になるチキン野郎です。
眼鏡をコレクションする趣味もありませんから、できれば余計な出費は抑えたいです。
かと言って、ぶっつけ本番で更新手続きをしてみたら、視力検査で引っかかる可能性もあります。
実際、一度引っかかったことがあります。
その時は10分ほど目を休ませてから再検査ということで、事なきを得ました。
いやいやいや、あの時は本当に冷や汗ものでした。(((( ;゚Д゚))))

さて、結果の方は…。
結構、ギリギリでした。
明らかに他の人より時間がかかってました。
もともと緊張しいの人ですから、とっさに「上!」とか「右!」とか声にするのが、かなり焦るんです。
言い間違いが命取りになる瞬間ですから、緊張するなという方が無理な話でして…。
見えるかどうかのギリギリのラインで戸惑ったり慌てて言い直したり色々しちゃうもんだから、警戒されちゃうのは至極当然の成り行き。
ええ、日頃の行いが悪いせいだというのは重々承知しております。
パソコンとか大好きですから。ヘ(_ヘ)☆\(--; バキ

視力検査に引っかかったらどうしようとか思っていたら、免許試験場の向かいに眼鏡屋さんを発見しました。
「更新用眼鏡」「すぐできます」の看板に、ターゲットは明白です。
場所が場所だけに眼鏡だけでは商売が成り立たないらしく、他にも色々営業中でした。
緊急対応としては有り難い存在でありますが…やはり次回更新時には、きちんと眼鏡を調整してから更新に臨もうと思います。

そんなこんなで、無事、新しい免許証をGETできました。
今度の免許証からICカードです。ヾ(*´∀`*)ノキャッキャ
生真面目な性格のおかげか長らく金帯の人なので、次に免許試験場のお世話になるのは5年後の予定です。
これで当分は安心してパソコンが(ry ≡⊃)`Д)、;’.・

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 日記

真実は一つとは限らない


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霧雨魔理沙
「盗んだんじゃないぜ? 借りただけだ。」


パチュリー「黙って持っていって返さないのは、借りるとは言わないわよ。」
魔理沙「誰が返さないと言った。どうせお前たちの方が長生きするんだから、私の死後取り戻せば良いじゃないか。」
パチュリー「…ふん。お前は間違っている。私は期間がどうであれ、お前に本を貸すつもりなど微塵もない。」

東方三月精の中にも登場する有名なやり取り。
価値観の相違って、難しいですね。(o・ω・)(・ω・o) ネー

パチェ×マリ?
二次創作ではよくあるお話ですが、事実ではありません。
もしくは、我ら愛に餓える悲しき闘志たちが産み出した幻想。(´;ω;`)ブワッ


     * * *


「真実はいつもひとつ!」と言えば某国民的漫画の名台詞ですが、
「事実は一つしかないが、真実は人の数だけある。」というのもまた有名な言葉です。
ただ今、憲法の改変をめぐる動きが活発になっております。
「アメリカに押し付けられた憲法ではなく、自らの手で作り上げた憲法が必要。」
というのが改憲派でよくある主張です。
その一方で「草案を作ったのは日本人」という護憲派の声も見え隠れしますが、どうにも掻き消されがちです。
そもそも、なんでこんなことになってしまったのでしょう。
それには、当時の状況を振り返る必要がありましょう。
そこで、敗戦直後の鉄道にまつわるお話をひとつ。

事件は1947年2月25日に起こりました。
八高線東飯能~高麗川を走行中の普通列車が脱線しました。
十分に速度を落とさないままカーブを通過したため、後部の車両が築堤から転落し大破。
犠牲となった人の数は184名。
今でも日本の鉄道史上最悪の事故とされています。

事故の直接の要因は、徴兵による経験者不足。
超満員の買い出し客で重くなっていた列車を制御しきるには、職員の経験があまりにも浅すぎたようです。
戦後混乱期で、整備が十分でなかったことも影響していましょう。
でもこれほどまでの惨事になったのは、転落した客車がいずれも老朽化した木造車だったことです。
もし鋼製車で組成された列車であれば、文字通り「粉砕」という事態だけは避けられたはずです。

事故が起これば大きな被害を出してしまう木造車。
酷使と老朽化による状態不良も深刻で、窓や椅子の破損など序の口、床や壁に穴が開く車両まで出る有様。
いつ事故が起きてもおかしくない状態でした。
運輸省(1949年の公社化までは国が鉄道を直営。現在のJR。)とて、漫然と事態を放置していた訳ではありません。
優等列車こそオール鋼製車編成に置き換えていましたが、普通列車にまでは手が回らぬ状況。
当時残っていた木造車の数は5,510両。
資材と資金をかき集めてスハ42形などの客車を細々と新製していましたが、到底は焼け石に水。
しかもGHQ(連合軍総司令部)は異常なインフレ状態を抑え込むために1949年よりドッジ・ラインを実施。
公共投資が著しく制限され、CTS(民間運輸局)から進駐軍・外国人用以外の客車を新製することを事実上禁止されたため、いよいよバンザイするしかないという状況にまで追い込まれてしまいました。

運輸省は考えました。
資材や資金こそは足りませんでしたが、敗戦で経験者が続々と復員してきたので、人手と技術は十分に確保されています。
むしろ雇用対策として、安定して働ける職場が必要でした。
ならば木造車をバラして、徹底的に資材や部品を再利用して、鋼製車として生まれ変わらせることができるのではないかと。
うまくやれば、当時最新鋭のスハ42形のような客車を安価かつ大量に作り上げることが可能となるのです。

でも事実上は新製を禁止されているスハ42形です。
CTSから横槍が入ることも十分予想できました。
そこで運輸省は一計を案じることにしました。
まずCTSの幹部をオフィスから引っ張り出して、買い出し客で溢れる総武線列車を視察させました。
総武線と言えば、千葉以西こそは新鋭の通勤電車が元気に行き交う線区ですが、千葉以東となれば首都圏各地でお払い箱となった電車が余生を送る地として定評があり、今も京浜東北線で定年を迎えた209系電車が房総の潮風がそよぐ中をのんびりと走っております。
潮風の方は今も当時も変わりませんが、車両の方は凄惨の極みでした。
窓はガラスを失い、椅子は用を成さず、隙間のあいた羽目板はスシ詰めにされた乗客の圧力でいつ破れてもおかしくない有様。
さすがのCTS幹部も言いました。
「これはひどい。人間の乗る車ではない。まるで家畜車だ!」
このまま放置して被害者が出るような事態ともなれば、CTSも責任を追求されることは必至です。
さりとて、そこでスハ42形の追加新製を許してくれる程、CTSも甘くはないです。
ここで、先ほどの木造車鋼体化計画を持ち出す訳です。
あくまでも改造だと。決して新車を作る訳ではないと。

こうして1949年に登場したのがオハ60形客車です。
定員80名だったスハ42形の車内設備を木造車並に落とすことで定員96名を確保。
台枠構材から網棚受けに至るまで、金属品の徹底した再利用。
吹き寄せが視界を隔てる古風な3連窓に、雨樋もない倹約仕様。
CTSも納得の実にチープな仕上がりです。
実はこれも作戦の一つ。
一度軌道にさえ乗ってしまえば、後々の変更など楽なものなのですから。

オハ60形の登場した翌年の1950年にオハフ61形が登場します。
単純に車掌室と手ブレーキが付いただけと思いきや、予想を遥かに超える姿で出場してまいりました。
見晴らしの良い1m幅の窓、丁寧に仕上げられた車体の上部には雨樋の姿も。
座席こそ木造車のものを再利用した詰め込み設計でしたが、TR11台車の乗り心地さえ目をつぶれば、それはスハ42形に匹敵する美しさでした。
むしろ、車端部に寄せた車掌室や後方監視窓など、翌1951年から登場するスハ43系急行用客車の姿を彷彿とさせるものでした。
オハ60系客車は着々と改造が進み、1955年には木造車を営業線から駆逐しました。
まだまだ先進諸国でも木造車が残っていた時代だけに、これは世界レベルでの快挙でした。
作戦は大成功したのです。

さて、木造車の鋼体化改造を推し進めたのは誰でしょう。
ここまで読んでくださった方なら、間違いなく日本人の偉業と考えるでしょう。
でも公的にはあくまでも「進駐軍からの命令」だったのです。
このことと現行憲法の成立の過程には、共通する「ある事情」が見えてきます。
それは進駐軍の許可なくしては何もできず、逆に進駐軍の許可があれば何でもできたのです。

では、戦後の評価にここまで大きな隔たりができたのは何故なのでしょう。
木造車の鋼体化改造については、余程の趣味人でなければ反対する理由はありません。
資金面での問題こそありましたが、最低限の良識さえ持っていれば、乗客の命を危険にさらしたままで良いなどと言う人はまず居ないでしょう。
ところが憲法はそうはいきません。
政府から出された草案が進駐軍に一蹴された様子を見れば、当時から賛否両論だったことは容易に想像できます。
そして当時の改憲派と進駐軍が手を組んだというのも、当然の成り行きだったのでしょう。
新しい憲法を公布する上で、進駐軍のお墨付きというものは実に効果的でした。
少なくとも、新憲法制定を反対する人の声を封じ込めるには十分だったようです。

形あるもの、いつかは必ず崩れると申します。
戦後60年が経過し、いよいよその結界が解けてきた模様です。
当時護憲派だった人が、今度は改憲派として声を上げるようになったのも、考えてみれば至極当然の結果なのかもしれません。
60年を経て、ようやくまともに話し合える時が来たのかもしれません。
ところが現実としては、改憲派は数の力でゴリ押しするばかりですし、護憲派も現行憲法の素晴らしさを一方的にまくしたてるばかりです。
話し合いというより、口喧嘩をしているようにしか見えないのは僕だけでしょうか。

護憲が望ましいのか、改憲が望ましいのか。
今ここで議論するつもりは毛頭ありませんので、そういう話がしたい方は、しかるべき集会等で意見を闘わせることを強くお薦めします。
ネット上では「声が大きな方が勝ち」とばかりに、悪意をむき出しにした暴言も散見されますし、書き込み件数の力でゴリ押ししようという風潮も相変わらずですから、鵜呑みは危険です。
もちろんマスコミだって、先の松本サリン「冤罪」事件の例を持ち出すまでもなく、偏向報道は相変わらずです。
自分の立場から都合の良い情報だけをチョイスして理論武装するのではなく、双方の視点から物事を見つめ直し、自分なりの答えを組み立てていくことが必要なのだと思います。

絵を描く基本はデッサンと申します。
それは、写実的に描き出すことが目的ではありません。
物の形を理解するために、様々な方向から姿や構造をとらえるための訓練なのです。
なので、写真や他人の絵を模写してもデッサンとは言いません。
模写はあくまでもデッサンを補助するための作業。
手段が目的になってしまってはいけません。

何かと余裕がない時代、すぐに結論を出したがる風潮がありますが、こういう時代であるからこそ、慎重に立ち回りたいものであります。
自戒を含めて…。

テーマ : 鉄道
ジャンル : 趣味・実用

プロフィール

かずや(京ヤワ)

Author:かずや(京ヤワ)
河津屋京柔/かずや(京ヤワ)は、京都府下在住の東方好きなMacユーザーです。
昔は電車小僧。今は鉄道おじさん。多分この先も?
発達障害の一つ、ASD(自閉症スペクトラム)であることを知ったのは、40歳手前のことでした。
開き直るほどタフじゃないけど、生きるのが随分と楽になりました。
毎週日曜日にキリスト教会に通う程度には信心深いようです。
ちまちまとパソコンでお絵描きしたりしていますが、最近は寡作気味です。

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